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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第92話 死を告げる六人

 街道を十人が歩いていた。




 朝の日差しがまだ低い位置にあった。会話はいつも通り途切れることなく続いていた。


 その平穏を破ったのは、前触れのない一撃だった。




 最初にシグルドが崩れ落ちた。


 悲鳴すら上げられなかった。




 遠く街道脇の岩陰から放たれた矢が、シグルドの喉を正確に貫いていた。




 岩陰に、痩せた体躯の男が立っていた。黒い仮面が顔の上半分を覆い、覗く口元は褐色の肌をしていた。灰色の短髪が、風に揺れていた。




 仮面の奥から、低い声が響いた。




「――四番、的中確認」




 片目だけで千歩先の獲物を射抜くという、その狙撃手の腕に、狂いはなかった。




「シグルド!」




 ガルムが叫んだ。


 しかしその声も長くは続かなかった。




 地面が揺れた。




 二メートル近い、巨大な体躯が、ガルムの大盾ごと殴り飛ばした。黒曜の全身鎧を纏い、坊主頭で顎には濃い髭が生えていた。仮面の奥、目の部分だけが赤褐色に光っていた。




 ミスリルの重装甲を纏ったガルムの体が、そのまま宙を舞った。木にぶつかり動かなくなった。




「二番、完了」




 岩山のような男が、平坦な声で告げた。




 防御特化のガルムですら、一撃で決着がつけられていた。




---




 ヘルガは咄嗟に氷晶杖を構えた。




「結界――」




 詠唱は最後まで続かなかった。




 黒い長衣の上に、部分的な黒曜の鎧を纏った男が、既に傍らに立っていた。仮面の隙間から覗く肌は、蒼白かった。肩まで伸びた黒髪の下、目だけが紫色に光っていた。




 その剣先が、詠唱を妨げる異質な魔力を纏っていた。ヘルガの結界魔法が発動する前に掻き消された。




 返す刀が一閃した。ヘルガは声もなく崩れ落ちた。




「五番、討伐」




 静かな声だけが、その場に残った。




---




 エイナールは、既に動いていた。




 高速移動と完全な気配遮断。暗殺者としてのその技量で、逃げるか応戦するか、瞬時に見極めようとしていた。




 しかし栗色の髪の男が、既にそこにいた。仮面の下、口元だけが覗いていた。薄い笑みが、常にそこに浮かんでいた。一見すれば貴族の若者にも見える体つきだったが、その笑みだけが底知れない不気味さを湛えていた。




 左右の細剣が舞った。エイナールの双短剣がそれを受けようとした。しかしその速さは、エイナールの想定を明らかに超えていた。




「速――」




 最後の言葉すら言い切れなかった。




 仮面の下で、男の笑みが深くなった。




「もう、終わりか」




 愉しむように囁いた。




「三番、狩り完了っと」




 軽い調子で、報告を投げた。




 エイナールの体が、力なく地面に沈んだ。




---




 わずか数十秒の出来事だった。


 四人が瞬く間に地に倒れていた。




 ラグナルは離れた位置で、その全てを目撃していた。


 斬撃も矢も殴打も、何一つ防ぐ間がなかった。




 部下たちの実力を誰よりも知っていた。決して弱くはなかった。むしろ精鋭と呼べる面々だった。


 それが、まるで赤子の手を捻るように、一方的に沈められていた。




「くそ……」




 ラグナルの拳が震えた。


 顔を上げた。




 街道の中央に、一人の男が立っていた。




 四十代とは思えないほど均整の取れた体躯。身長は一九〇センチ近い。漆黒の鎧は一切の装飾を持たず、黒曜石のような鈍い光だけを放っている。仮面は顔の大半を覆っていたが、その下から覗く顎には無精髭があった。頬から首筋にかけて、仮面の縁からはみ出すように、一本の古傷が走っていた。




 そして、仮面の隙間から覗く、金色の瞳。


 感情を宿さない。命令だけを遂行するために存在しているかのような、冷たい眼差し。




「黒曜騎士団」




ラグナルの声が漏れた。




「ラグナル・ヴォルグ」




 男の声は静かだった。




「離反者に用意された末路は、一つだ」




 金色の瞳が、ラグナルを捉えた。




 次に狙われるのは自分だと、ラグナルは悟った。


 武器を構えた。勝てる相手ではないと、わかっていた。それでも退くつもりはなかった。




 その瞬間だった。




 赤い影が、ラグナルとその男の間に割り込んだ。




 長槍を構えていた長身の男が、ラグナルへ向けて一撃を放とうとしていた。その刃が届く寸前、アイリの剣が割り込み、真正面から受け止めた。




 仮面から覗く槍使いの男の切れ長の青い瞳が、アイリを見た。




「アイリ様」




 ラグナルの声に、驚きが混じった。




 アイリだった。剣を構えたまま、鋭い視線で、六人の仮面の男たちを見渡していた。




「六人か」




 アイリの声は揺るがなかった。




「悪くない数だ」




 仮面の男たちの中から、静かな声が返ってきた。




「零番、確認」




 隊長格の男の、その一言が。


 これから始まる戦いの、合図だった。




 その背後で、アリシアたちも既に動き始めていた。


 突然の奇襲。


 しかし五人は、崩れてはいなかった。





つづく…




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