表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/105

第88話 密告の夜

 ヴァルケリア連邦王国、北部国境近くの小さな農村。




 アリシア一行が去ってから、まだ一日しか経っていなかった。




 夜の二つ時。村人たちはとうに眠りについている時刻だった。




 その村に住む若い農夫の名はトビアスといった。今年二十三になる。妻のエルサと生まれたばかりの娘が一人いた。




 今年の畑は、実りが良くなかった。夏の長雨で麦の収穫が落ち、税は例年通り取り立てられた。手元に残る蓄えは、冬を越せるかどうかも怪しかった。娘のために、薬も、暖かい布も、必要だった。それを買う金が、どこにもなかった。




 監視所の壁に、通達が貼られているのを、トビアスは知っていた。


 王家に関わる不審な人物の目撃情報。届け出た者には、褒賞金が支払われる。


 その金額は、農家の一年分の稼ぎに、匹敵するほどだった。




 トビアスは寝室の扉をそっと開けた。エルサと娘は深く眠っていた。娘の小さな寝息が静かな部屋に響いていた。




 その寝顔をしばらく見つめた。




 姫様を売るような真似だと、わかっていた。それでも、目の前で眠るこの二人を守るためだと、自分に言い聞かせた。




 それから上着を羽織り家を出た。




 夜露に濡れた畑の畝を避けながら、村外れの街道へと歩いた。目指す先は、村から歩いて半刻ほどの場所にある、監視所だった。




---




 監視所は木造の粗末な建物だった。中には灯りが一つだけ灯っていた。




 夜勤の役人が、机に向かって書類を整理していた。名をコンラートといった。この監視区画を、五年間任されている古参の役人だった。




 扉が叩かれた。




「こんな夜更けに、何用だ」




 コンラートは、顔も上げずに言った。




 トビアスは、震える声で告げた。




「昨日……姫様によく似た女性が、村へ来ました」




 コンラートの手が止まった。顔を上げた。表情は変わらなかった。しかし目の奥にわずかな光が宿った。




「似ていただけか」




「……いえ」




 トビアスは、俯いたまま続けた。




「顔や背格好が、あの時見た王女様に似ていました」




「あの時とは」




「建国祭で見た、王女本人の姿です」




 以前王城で行われた建国祭で、一度だけ見たことがある。あの独特の姿勢。あの王家特有の足の運び。見間違えるはずがなかった。




 コンラートは、静かに立ち上がった。




「報告は受理した」




 それだけ言った。




 トビアスは安堵したように頭を下げ、来た道を戻っていった。




---




 扉が閉まった。




 コンラートは机に向かった。


 引き出しから羊皮紙を一枚取り出した。


 筆を取った。


 書き始めた内容は、極めて事務的だった。




「件名、第一級監視報告」


「北部第七監視区」


「王女マリアンネ・ヴァルケリアと思われる女性一名を、住民が目撃」


「同行者多数」


「真偽確認を要請する」




 感情の入り込む余地のない、簡潔な文だった。書き終えると羊皮紙を丸め、机の横に置かれた小さな軽量な筒へ収めた。




 部屋の隅に控えていた部下が尋ねた。名をヨナスといった。まだ二十歳前後の若い部下だった。




「これを王都へ?」




「違う」




 コンラートは窓辺へ歩いた。窓を開けた。夜気が流れ込んできた。


 窓の外、木の枠に一羽の黒いフクロウが止まっていた。




 情報伝達専門の伝書鳥だった。この監視所に常に控えている。


 コンラートは軽量な筒を、フクロウの足へ括り付けた。




「情報院へ送る」




 フクロウは一度大きく羽ばたいた。それから静かに夜空へと飛び立っていった。


 その黒い影が月明かりの中、遠ざかっていくのを、コンラートはしばらく見送っていた。




 この監視所だけの話ではなかった。


 北部のこの小さな村から。王都の地下深くまで。国中に張り巡らされた、この情報網が、今静かに動き始めていた。




 それから隣室にいたヨナスを、再び呼んだ。




「村人も監視対象だ、情報漏洩を防げ」




 ヨナスは、一瞬戸惑った様子を見せた。




「密告してきた、あの若者もですか」




「当然だ」




 コンラートの声に、感情はなかった。




 密告したトビアスも彼の家族も、村の他の住人たちも、全てが等しく監視の対象だった。誰も信用されていない。誰もが鎖の一部として扱われていた。




 それが今の、ヴァルケリア連邦王国の姿だった。





つづく…




登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!


闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――


物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。


「このキャラの姿を見てみたい」


「戦闘シーンをもっと想像したい」


そんな方はぜひご覧ください。




▼pixivはこちら


https://www.pixiv.net/artworks/144606685

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ