第87話 偽りの大剣
翌日一行は、街道沿いで野営をした。
村に泊まれば、村人に迷惑がかかる。誰もが、そう判断していた。
夜が更けた頃。
ラグナルがそっとアイリを、火のそばから連れ出した。
「アイリ様、お話がございます」
声は静かだった。しかしその響きには、それなりの重さがあった。
アイリは黙って、後についていった。
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焚き火の明かりから、少し離れた場所。
ラグナルはしばらく、言葉を選ぶように沈黙していた。
やがて、口を開いた。
「マリアンネ様の弟君ことです」
アイリは腕を組んだ。
「聞いている。弟がいたそうだな」
「はい」
ラグナルは、静かに続けた。
「幼少の頃、国王陛下と稽古をしていた際に、弟君が突然飛び出してきました」
「マリアンネ様は反射的に、白狼牙を放ってしまいました」
「その威力が、あまりに強すぎたため」
声が、少し沈んだ。
「弟君は、その場で亡くなりました」
アイリは、何も言わなかった。
ただじっと、ラグナルの話を聞いていた。
「それ以来マリアンネ様は、白狼を封印されました」
ラグナルは、続けた。
「守りたかったはずの弟を、自らの剣で殺めてしまった。その後悔から」
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「ハラルドを倒すには」
ラグナルは、まっすぐアイリを見た。
「マリアンネ様の、白狼牙が必要です。封印を解けるのは」
声に確信がこもった。
「同じ命総天昇剣の使い手である、あなたしかいません、アイリ様」
「なんだって」
アイリの眉が上がった。
「白狼も、命総天昇剣なのか」
「はい」
アイリは、しばらく目を伏せた。
それから、静かに首を振った。
「だがそれは、マリー自身の問題だ。私には、どうすることもできない」
言い切ると、踵を返した。
「私は寝る」
「アイリ様――」
「ラグナル」
アイリは足を止めた。振り返らずに続けた。
「ハラルドとやり合う前に、マリーの本当の剣を、用意してくれ」
「本当の剣?」
ラグナルの声に、戸惑いが混じった。
「かしこまりました」
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アイリは、横になりながら考えていた。
封印された剣を、他人が無理やり解くことなどできない。
それができるのは、本人だけだ。
(だが、自覚させる必要はあるな)
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翌日の野営。
朝食を終えた頃。
アイリが、マリーの前に立った。
「マリー」
「ん?」
「お前はその大剣で、ハラルドとやり合うつもりか」
「そうだ」
マリーは、迷わず答えた。
「そうか」
アイリは、短く頷いた。
次の瞬間。
剣が抜かれた。
マリーに斬りかかった。
マリーは剣を抜く暇がなかった。とっさに鞘ごと、アイリの剣を受け止めた。
金属の鋭い音が、響いた。
「何をする、アイリ?」
声が上ずった。
アイリは、答えなかった。
剣が続けて、マリーを襲った。
やっとの思いでマリーは、剣を鞘から抜いた。しかしその後も、防戦一方だった。受けるので精一杯だった。
「アイリさん、やめてください!」
リアナが、慌てて声を上げた。
「アイリ、何をしているの?」
マイアも、駆け寄ろうとした。
アリシアは、動かなかった。
ただじっと、二人の剣の応酬を見つめていた。
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攻防は、長くは続かなかった。
アイリが、隙を突いた。
マリーの防御のわずかな遅れを、見逃さなかった。剣先が一瞬で、マリーの首元に突きつけられた。
「今ので死んだぞ、お前」
「なっ」
マリーの、顔が青ざめた。
アイリは、剣を鞘に収めた。
「それが、お前の実力だ」
声に、遠慮はなかった。
「はっきり言って、弱すぎる」
「そこまで言わなくても、いいでしょう」
マイアが、たまらず口を挟んだ。
「言い過ぎよ」
アイリは、マイアに視線を向けた。
「じゃあ、マイア。今のマリーが、この先の戦で、戦力になると思うか」
「そ、それは……」
マイアは、言葉に詰まった。
「わかったか、マリー」
アイリは、マリーを見た。
「それが、答えだ」
リアナは、驚いていた。
何度もマリーの剣に、助けられてきた。その圧倒的な剣術に。それを今アイリは、弱いと言い切った。
アイリはマリーに、何を求めているのか。
その意図が、わからなかった。
アリシアは、何も言わなかった。
ただ、静かに。
マリーの崩れかけた、表情を見つめていた。
つづく…
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