第83話 隠されていた王女
結末は、早かった。
アリシアの結界を破る一撃が、ヘルガの詠唱を乱した。反撃の隙を突かれヘルガは瞬く間に、拘束魔法で地に縫い付けられた。
リアナはエイナールの二度目の突撃を、正面から受け止めた。ナイフが光の盾に、弾かれ、体勢を崩したところへ、追撃の光の矢が突き刺さった。エイナールは、声もなく、地に崩れた。
アイリとマイアは、既にガルムの盾を、完全に突破していた。
「降参しなさい」
マイアの槍が、ガルムの喉元に突きつけられた。
巨漢の男はしばらく抵抗するように、身を強張らせていた。しかし勝ち目がないことを悟ったのか、やがて武器を手放した。
シグルドは木の上から狙撃を続けていたが、アイリの雀炎閃(炎の波)が正確にその位置を暴いた。木から転がり落ちたところを、アイリが剣の峰で打ち据えた。
最後に残ったのは、ラグナルとマリーだった。
森の奥。木々に囲まれた狭い空間で。
二人は、しばらく睨み合っていた。
「お前の部下は、全員無力化された」
マリーの声は静かだった。
「もう勝ち目はない」
ラグナルは答えなかった。ただ剣を構え直した。
最後まで、退く気配はなかった。
マリーの大剣が、一閃した。
剣を弾き飛ばされ体勢を崩したところへ、拳が鳩尾に叩き込まれた。
ラグナルの体が、地に崩れ落ちた。
そして、五人の襲撃者たちは、それぞれ木に縛り付けられていた。
アリシアが、五人を見渡した。
「さて、話を聞かせて、もらいましょうか」
誰も答えなかった。
沈黙が続いた。
しかしその沈黙は、長くは持たなかった。
最初に口を割ったのは、ヘルガだった。
「……話せば、見逃してくれるのですか」
「命の保証くらいは」
リアナが、静かに言った。
「話す気があるなら、それに見合った扱いを考えます」
ヘルガはしばらく迷っていた。それから諦めたように、息を吐いた。
「私たちは……傭兵では、ありません」
「わかっています」
マイアが、あっさりと言った。
「装備も連携も、傭兵にしては、洗練されていました」
ヘルガは目を伏せた。
「私たちは……ヴァルケリア連邦王国、摂政宰相ハラルド様、直属の……」
言葉が詰まった。
「暗殺部隊です」
その一言に、アリシアの表情が変わった。
「暗殺?---誰を狙っての」
ヘルガは答えなかった。
代わりに答えたのは。
まだ意識が朦朧とした、ガルムだった。
「……第一王女」
呻くように、言った。
「マリアンネ・ヴァルケリア様を」
沈黙が落ちた。
全員の視線が、自然とマリーへと集まった。
「……マリー?」
アリシアの声が震えた。
「今、王女って」
リアナの目が、見開かれた。
「まさか」
マイアもアイリも、言葉を失っていた。
これまでの旅の中で。
マリーがただの大剣使いではないことは、なんとなく感じていた。時折見せる、剣筋の異様な鋭さ。あるいは立ち居振る舞いのどこかに滲む、育ちの良さ。
それでも。
まさか。
ヴァルケリア連邦王国の、第一王女。
王位継承権第一位の正統な後継者。
その事実の重さに、誰もすぐには、言葉が出てこなかった。
マリーは、しばらく俯いていた。
やがて顔を上げた。
これまで旅の中で見せていた豪快な笑みとは違う。どこか覚悟を決めたような、静かな表情だった。
「……すなまい」
声が震えていた。
「ずっと、黙っていて」
アリシアは、しばらく何も言わなかった。
それから静かに、首を振った。
「謝る必要は、ないわ」
声に責める色はなかった。
「しかし」
リアナが続けた。
「これからは、話してください。私たちは、仲間ですから」
マリーの目に、涙が滲んだ。
「……ありがとう」
アイリとマイアが、互いに顔を見合わせた。
マイアが小さく笑った。
「まあ、道理で。あの剣筋、只者じゃないと思っていたわ」
その軽い言葉に。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
アイリが、静かに口を開いた。
「ああ、只者じゃない」
声に、からかいの色はなかった。
「マリー、お前の主武器は、大剣じゃないだろ」
その場の空気が、また変わった。
「それなのに」
アイリの目が、まっすぐマリーを見た。
「なぜ、大剣を使っている?」
王女だと知ってなお。
その視線に、動揺はなかった。ただ事実を確かめるだけの、静かな眼差しだった。
マリーの息が止まった。
(見抜かれている)
鼓動が速くなるのを感じた。
(さすがは、命総天昇剣最強朱雀の使い手)
剣を握り方を見れば、わかる者にはわかる。歩き方でも姿勢でもなく。剣そのものの質量と、扱い方の根本的なズレ。大剣は、あくまで偽装のための、道具に過ぎなかった。
そのズレを、見抜いた。
アリシアもリアナもマイアも、気づいていなかった。
しかし。
朱雀の継承者を目指す者の目は、誤魔化せなかった。
マリーは、何も答えなかった。
答えられなかったというのが、正しかった。
視線を逸らすこともできなかった。ただ、口を閉ざしたまま、アイリの問いを受け止めるしかなかった。
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拘束された五人の襲撃者たちを見下ろしながら、アリシアが静かに言った。
「あなたたちをどうするか。まず、王女の暗殺を指示した、そのハラルドという人物について。もっと詳しく、聞かせてもらいます」
ヘルガが諦めたように頷いた。
ラグナルだけは、木に縛り付けられたまま、何も語らず。
ただ静かに、目を閉じていた。
その胸の内に、まだ何かを隠しているような。
そんな気配だけが、そこに残っていた。
つづく…
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