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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第82話 狩人の作戦

「散開しろ」




 その一言が、合図だった。


 四つの気配が、同時に動いた。




 ヘルガが、最初に動いた。


 街道の脇茂みの中から、両手を広げた。




「幻夢の境界――」




 アリシアの周囲だけを切り取るように、薄い光の膜が展開された。結界魔法だった。パーティの輪から、アリシア一人だけを隔離する術式。




「これは……」




 アリシアが周囲を見渡した。仲間の姿が、霞んで見えなくなっていた。




 同時に。




 エイナールが、リアナの背後に迫っていた。


 黒装束。音もない足運び。ナイフが、リアナの首筋へと伸びた。




「ッ――」




 リアナは辛うじて、身を捻った。刃が頬をかすめた。




---




 ガルムが、アイリとマイアの間に割り込んだ。


 巨大な盾を、地面に叩きつけた。土煙が、視界を覆った。




「散れ!」




 ガルムが叫び、地形を崩し始めた。倒木が、二人の行く手を塞いだ。




 その隙に。


 遠くの木の上から、シグルドの矢が放たれた。




 狙いは正確だった。アイリの足。マイアの肩。致命傷には程遠い。しかし、動きを鈍らせるには、十分だった。




---




 そして、ラグナルは。


 マリーの正面から、姿を現した。




「――お前は」




 マリーの目が、細くなった。




 ラグナルは、答えなかった。




 ただ剣を抜き、じりじりと後退していった。




 誘っている。


 マリーには、すぐにわかった。




 足場の悪い、森の奥へ。木々の間隙へ。あえて動きにくい地形へと、誘導している。




「私を他の四人から、引き離すつもりか?」




「賢いな」




 ラグナルの声に初めて、感情らしきものが滲んだ。




「それとも、鈍いだけかもしれん」




 挑発だった。しかし、マリーは乗らなかった。




 むしろ。


 その動きを見て、確信を深めていた。




(この男は――)




 白狼を知っている。




 仲間から切り離せば、自分の力が半減することを、正確に理解している。




---




 瞬く間に五人は、四か所に分かれていた。




 アリシアは結界の中。




 リアナは暗殺者と対峙。




 アイリとマイアは、倒木と煙幕に阻まれ。




 マリーは、森の奥へと誘われていた。




 これが、ラグナルの狙い。




 撃破ではない。


 まず五人を、四つの孤立した戦場へと、分けること。




 その上で。


 優先順位に従い、一つずつ機能を削っていく。




 最初の標的は、リアナだった。




 しかし。


 その目論見は、崩れ始めていた。




「光の盾」




 リアナはナイフの二撃目を、光の盾で受け止めた。




 冷静だった。


 パニックにはなっていなかった。むしろこの状況を既に、想定していたかのように。




「狙いは誰ですか」




 リアナが静かに言った。




「――!」




 エイナールの動きが、一瞬止まった。




 リアナは、その隙を逃さなかった。




「浄化の波動」




 白い光が放たれた。エイナールが、後方へ弾き飛ばされた。




「一対一なら」




 リアナは、静かに続けた。




「私もそう簡単には、負けません」




---




 アリシアは結界の中で、冷静に周囲を確認していた。




「風圧」




 結界の膜に、風の圧を集中させた。一点に力を集めることで、術式の綻びを探る。




「この程度の結界」




 アリシアの深紅の瞳が静かに、輝いた。




「解けない、わけがない」




 膜に亀裂が走った。




 ヘルガが離れた場所で、息を呑んだ。




「まさか、もう……」




---




 アイリとマイアは、倒木と煙幕の向こう側で、既に動き始めていた。




「マイア」




「ええ」




 二人の間に、言葉はそれ以上要らなかった。




 マイアの槍が倒木を、正確に砕いた。アイリがその隙間を、駆け抜けた。




「囲まれるくらいなら」




 アイリの剣が閃いた。




「先に、抜けるまで」




 ガルムの盾が弾かれた。




「な――」




 時間稼ぎのはずが、既に突破されようとしていた。




---




 ラグナルは森の奥でマリーと対峙しながら、その全ての崩壊を静かに悟っていた。




(結界が、破られかけている)


(暗殺者が、押し返されている)


(盾役が、突破されようとしている)




 想定していた時間よりも、遥かに早く。




 五人はそれぞれの孤立を、自力で打ち破ろうとしていた。




「……お前たちは」




 ラグナルの声に、初めて驚きが混じった。




 マリーが静かに、った。




「その定度で」




 金色の髪が、風に揺れた。




「私たちは、崩れない」




 その言葉に、迷いはなかった。




 これまでの旅の中で、積み重ねてきた信頼。互いを知り尽くした、五人の絆。


 それは、どれほど精密な分断作戦をもってしても、容易くは断ち切れないものだった。





つづく…




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