第81話 退けない者たち
街道は静かだった。
両脇に低木の茂みが続いていた。特に変わったところのない、旅の道だった。
五人は、談笑しながら歩いていた。
マイアが、ふと足を止めた。
「……止まって」
声が鋭くなった。
その直後だった。
茂みの中から、一斉に矢が放たれた。
完全な、不意打ちだった。
狙いは正確だった。二十本近い矢が、それぞれ五人の急所を、狙っていた。同時に左右の茂みから、剣を持った男たちが飛び出してきた。
統率の取れた動きだった。
矢で動きを止め。
その隙に、白兵で押し切る。
訓練された、伏兵の戦い方だった。
「囲まれてる!」
誰かが叫んだ。
しかし。
その声すら、既に不要だった。
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マイアの槍が、一瞬で動いた。
自分に迫る矢を三本、同時に槍の柄で弾いた。そのまま間合いに入ってきた男の、足を薙ぎ崩れたところへ、峰打ちを叩き込んだ。
「速い」
誰かが呻いた。しかしその声も、長くは続かなかった。
アイリは飛んでくる矢を、最小限の動きでかわしていた。体をわずかに捻るだけで、全ての矢が頬をかすめて、後方へと消えていった。
左右から同時に斬りかかってきた二人の男を、剣の一閃で、まとめて武器ごと弾き飛ばした。
「な――」
男の声が途切れた。
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アリシアは飛来する矢を、見もせずに杖を掲げた。
「風圧」
目に見えない風の壁が、彼女の周囲に展開された。矢はその壁に触れた瞬間、軌道を逸らされ、地面へと突き刺さった。
同時に、包囲していた男たちの足元へ。
「火炎球」
炎の塊が着弾した。爆風が複数人を、一気に吹き飛ばした。
悲鳴が上がった。
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リアナは動かなかった。
ただ静かに、両手を組んだ。
「光の矢」
三本の矢が、同時に放たれた。狙いは正確だった。剣を握る手。足の腱。意識を刈り取るための、急所すれすれの一撃。
三人が崩れ落ちた。
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マリーはまだ、大剣を鞘から抜いてすらいなかった。
迫る矢を、素手で叩き落とした。左右から斬りかかってきた二人の剣を、大剣の鞘で受け止めた。
力任せの押し合いにはならなかった。相手の力をそのまま受け流し、二人をまとめて、地面へと転がした。
「馬鹿な……」
男の一人が、後退りながら呟いた。
既に伏兵の半数以上が、地に伏していた。連携は完全に崩壊していた。
「く、強い!」
残った数人が、無理やり突撃してきた。
しかし。
もう、統率も狙いもなかった。
ただ闇雲な、突進だった。
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マイアの槍が、最後の一人の足元を薙いだ。
転倒した男の首筋に、槍の穂先が静かに突きつけられた。
「動かない方が、いいですよ」
穏やかな声だった。しかし有無を言わせない、圧があった。
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わずか数分のことだった。
二十人の伏兵は、全員が地に伏していた。
死者は一人もいなかった。しかし誰一人として、まともに立っていられる者も、いなかった。
アリシアが、杖を下ろした。
「不意打ちにしては」
周囲を見渡しながら、呟いた。
「あまりにも統率が、取れいました」
「はい」
リアナが、頷いた。
「矢の狙い方も、白兵との連携も、ただの盗賊とは思えない」
マリーはまだ抜いていない大剣を、そっと鞘の中で握り直した。
街道の先、森の方角を見やった。
何か視線を、感じた気がした。
気のせいだろうか。
その感覚は、しばらく消えなかった。
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森の奥木々の間から、その一部始終を見ていた者がいた。
ラグナルは、遠眼鏡を静かに下ろした。
「見事なものだな」
声に感情はなかった。ただ純粋な、分析の色だけがあった。
完璧な不意打ちをしかけた。矢の同時射撃。左右からの白兵の連携。訓練された二十人が、まともな攻撃の隙すら与えられずに、数分で無力化された。
しかも、死者を一人も出さずに。
これが加減しての結果だということが、ラグナルにははっきりとわかっていた。
彼女たちは、まだ本気を出していない。
「予定通りだ」
散開する前に、五人は一度集まった。
森の奥焚き火も灯さない、暗がりの中だった。
誰も言葉を発しなかった。
先ほど見た光景が、まだ全員の頭に焼きついていた。二十人が数分で無力化された。しかも圧倒的な余裕を持って。
沈黙を破ったのは、ヘルガだった。
「……本当に、やるのですか」
声に隠しきれない、動揺があった。
「あれを見て、まだ」
「見たさ」
エイナールが答えた。ナイフの柄を、指で弄びながら。
「見た上で、聞いている」
「やるしか、ない」
ガルムが重い鎧の肩を、鳴らした。
「今更引けるとでも、思っているのか」
低い声だった。
「俺たちが任務に失敗したら、どうなるか。わかっているだろう」
その場にいる誰もが、わかっていた。
ハラルドの暗殺部隊。
この任務は、名誉でも忠義でもなかった。
それぞれが抱える事情によって、繋ぎ止められた鎖だった。
シグルドが俯いたまま、呟いた。
「俺の、故郷は」
声が掠れた。
「ハラルド様の恩赦がなければ、今頃飢えで、村ごと消えていた」
「妹の薬代を援助してもらっている、俺も同じだ」
エイナールが続けた。
「今抜けたら、その援助も恩赦も、全部なかったことになる」
「それだけじゃない」
ガルムが低く言った。
「失敗すれば消されるのは、俺たちだけじゃ済まない」
その一言に、全員が押し黙った。
家族。
故郷。
これまで積み上げてきた生活の全て。
それらがこの任務の成否と、天秤にかけられていた。
逃げるという選択肢は、最初から存在しなかった。
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ラグナルが口を開いた。
「怯むな」
静かな声だった。
「あの五人が強いのは、わかっている」
全員が顔を上げた。
「だが俺たちの任務は、正面から打ち破ることではない」
ラグナルの目に、静かな光が宿った。
「ハラルド様に逆らって、生きていける道はない」
「ならば」
声に、力が込められた。
「この任務を成し遂げる以外に、俺たちの生きる道もない」
その言葉に、迷いはなかった。
選べる選択肢がないという事実こそが、彼らを前へと押し出す唯一の力だった。
エイナールが、ナイフを握り直した。
「……わかっている」
低く答えた。
「最初から、選択肢なんてなかった」
ヘルガも静かに頷いた。
先ほどの動揺は、まだ完全には消えていなかった。それでもその目には、覚悟に近い色が戻っていた。
「私も、退くつもりはありません。退けば、待っているのは」
シグルドが呟いた。
「戦って負けるより、辛い末路だ」
ガルムが重く頷いた。
「なら答えは、決まっている」
ラグナルは、四人を順に見た。
「散開しろ」
命令が下った。
「それぞれの役割を、忘れるな」
四つの影が、闇の中へと溶けていった。
ラグナルは一人、その場に残った。
焚き火もない暗がりの中で。
拳を静かに握りしめた。
(勝算は、ある)
自分に言い聞かせるように。
(正面から崩れなければ、いいだけの話だ)
白狼は、守護の剣。
仲間が崩れれば、王女もまた崩れる。
それだけを信じて。
ラグナルは、闇の中へと歩き出した。
つづく…
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