第80話 白狼を知る男
ラグナルは、遠眼鏡を構え直した。
一人ずつ確認していく。
任務において、最も重要な作業だった。
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まず、深紅の瞳の女を見た。
アリシア。
纏う魔力の量が、異常だった。
歩き方一つにも、魔導士としての鍛錬が滲んでいた。無駄のない、しかしいつでも、詠唱に入れる体の使い方。
その腰に提げられた杖に。
ラグナルの、目が止まった。
「――国宝級、だ」
声がこぼれた。
真正面から戦えば。
危険すぎる。
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次に、青髪の女を見た。
リアナ。
純白の僧衣。治癒魔法の使い手だった。
「後方支援型、か」
ラグナルは呟いた。
しかしその魔力量も、決して低くなかった。倒したはずの敵を回復されれば、戦況が覆る。厄介な存在だった。
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次に、赤髪の女を見た。
アイリ。
腰の剣。歩幅。筋肉のつき方。視線の配り方。
一瞬で判断が下った。
「――剣士、だ」
しかも、かなりの実力者だった。
その名を口にした瞬間、ラグナルの脳裏に、先ほど感じたあの違和感が、微かに蘇った。しかし今は、それを追う時ではなかった。
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次に、茶髪の女を見た。
マイア。
長槍を背負い、隙がなかった。歩調も周囲への目配りも一切乱れていない。
隊列の組み方を見た。
仲間との距離の取り方。誰の死角を誰が埋めているか。それらを無意識のうちに、調整している様子が見て取れた。
「一番、冷静なのは」
ラグナルは静かに評価した。
「あの、槍使いだな」
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最後に、金髪の女戦士を見た。
マリー。
一見すれば、ただの大剣使いだった。
しかし。
ラグナルだけは、知っていた。
彼女こそ。
白狼唯一の継承者。
優先度は。
もはや数字で、表せるものではなかった。
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「一人では無理だ」
部下の一人が言った。
「隊長なら、勝てるでしょう」
ラグナルは首を振った。
「馬鹿を、言うな」
声に初めて、鋭さが宿った。
「俺は、白狼を知っている」
部下が口を閉じた。
ラグナルは続けた。
「白狼は守護の剣だ。仲間が多いほど強くなる」
単独で最強という剣術ではなかった。周囲を守るための剣。仲間との連携の中でこそ、真価を発揮する。だからこそ厄介だった。
「四人が、生きている限り」
ラグナルの目が細くなった。
「王女は、最強になる」
単純に王女一人を、狙えばいいという話ではなかった。王女を単独で狙えば、白狼は防御に徹する。しかし周囲の四人が健在であれば、その防御はいくらでも反撃に転じる。
「つまり」
ラグナルは断言した。
「王女マリアンネ本人ではなく、周囲を崩すことが最優先だ」
部下たちはその言葉の意味を、静かに理解していった。
王女本人と、真正面から戦うのではない。
彼女を支える四本の柱を、一本ずつ切り崩していく。
それこそが、白狼を狩るための、唯一の道筋だった。
ラグナルは遠眼鏡を下ろした。
「散開の準備を」
「まずは、第一波を送り込む」
森の中に、静かな緊張が満ちていった。
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夜の森の奥。
小さな焚き火が灯っていた。
その傍らに、地図が広げられた。
街道とその周辺の地形が描かれた、粗い地図だった。
ラグナルは、その地図の上に指を置いた。
「正面突破は、論外だ」
静かな声だった。
「各個、撃破する」
四人の部下が、地図を囲んで集まった。
エイナール・クロウ。
ヘルガ・ルーン。
ガルム・アイゼン。
シグルド・ハウル。
それぞれの目に、緊張と集中の色があった。
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ラグナルは地図の上に、五つの印を置いた。
アリシア。
リアナ。
アイリ。
マイア。
そして、マリー。
「それぞれに、役割を与える」
ラグナルは、指を動かした。
「エイナール、お前は、リアナを狙え」
「治癒役を潰せば、戦況は一気に傾く」
「ヘルガ、お前は、アリシアを隔離しろ」
「あの魔導士をパーティから切り離せば、火力は大幅に落ちる」
「ガルム、お前は、正面から圧をかける役だ」
「シグルド、お前は、後方から狙撃で援護しろ」
四人が、それぞれ頷いた。
ラグナルは、地図の中央――マリーの印を見た。
「そして、マリアンネ本人には、誰も手を出すな」
部下の一人が眉を寄せた。
「王女を、後回しにするのですか」
「今はな」
ラグナルは、静かに答えた。
「周囲を崩し切るまでは、彼女に近づくべきではない」
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「まず、第一段階だ」
ラグナルは、地図から視線を上げた。
「傭兵二十人を、投入する」
その言葉に、部下の一人がわずかに眉を動かした。
「二十人で勝てると、思っていますか」
「思っていない」
ラグナルは、あっさりと答えた。
「目的は、勝つことではない」
「――では」
「実力を見る」
指を一本立てた。
「魔法を見る」
もう一本。
「連携を見る」
三本目。
「体力を削る」
四本目。
部下はしばらく黙っていた。
「二十人を……捨てるのですか」
声にわずかな躊躇いが、滲んでいた。
ラグナルはその部下を見た。
「元より、捨て駒だ」
感情の色がなかった。
「北方傭兵団として、雇った者たちだ。ヴァルケリアの兵ではない。彼らが全滅しようと、我々には何の損失もない」
「それどころか」
ラグナルの目に、冷たい光が宿った。
「彼らの死に様が、我々に必要な情報をもたらす」
誰がどの魔法を使うか。
どういう連携を組むか。
誰が真っ先に動き、誰が後方から支援するか。
その全てが二十人の命と引き換えに、明らかになる。
部下はそれ以上、何も言わなかった。
ラグナルの判断に間違いはないと、わかっていた。
それでも、そのあまりの冷徹さに。
背筋がわずかに冷えるのを、感じずにはいられなかった。
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焚き火の炎が揺れた。
ラグナルは地図を、丁寧に畳んだ。
「明日、実行する」
静かな声だった。
「散開しろ」
四人が、れぞれ、闇の中へと消えていった。
ラグナルは、しばらくその場に残っていた。
焚き火の炎を見つめながら。
これから始まる狩りのことを。
静かに思い描いていた。
つづく…
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