第79話 王女を狩る者たち
アルビオン王国、北部。
街道沿いに、深い森が広がっていた。
木々の梢が、風に揺れていた。
その葉擦れの音に紛れるように、五つの影があった。
枝の上に。木の陰に。
それぞれが息を殺していた。
視線の先には、街道を歩く一団があった。
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五人だった。
先頭を歩くのは、深い青髪の女だった。純白の神官衣を纏っていた。陽光の巫女リアナだった。
その隣に、深紅の瞳を持つ女がいた。純白の賢者ローブが、風になびいていた。アリシアだった。
金髪ボブの女戦士が、大剣を担いで歩いていた。金属鎧が、朝の光を鈍く反射していた。その名は、マリー。
もう一人は、赤髪ショートの革鎧の女。腰に剣を提げていた。アイリだった。
最後に、長い茶髪の女が、長槍を背負って歩いていた。マイアだった。
五人は、それぞれの思惑を抱えながら、歩いていた。
妹を追う者。
宿敵を探す者。
その他。
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木の上からその様子を、見つめる男がいた。
遠眼鏡を構えていた。
男の名は、ラグナル・ヴォルグ。
視線の先の金髪の女戦士を、じっと見ていた。
その目は獲物を定めた、猟師の目だった。
周囲に四つの気配があった。動かず音もなく、木々の間に溶け込んでいた。
誰も、言葉を発しなかった。
まだ、監視するだけの時だった。
しかし。
その静けさの奥に。
これから始まる、何かの予感だけが。
森の空気に、静かに満ちていた。
「間違いない」
ラグナルが、遠眼鏡を下ろした。
声は低く、抑えられていた。
「第一王女、マリアンネ・ヴァルケリアだ」
傍らに控えていた部下の一人が、眉を寄せた。
「本当に、ですか」
声に、疑問が滲んでいた。
「ただの旅人にしか、見えません」
金髪の女戦士は大剣を担ぎ、他の仲間たちと笑い合いながら歩いていた。王家の血を引く者の風格など、そこには感じられなかった。
ラグナルは、答えなかった。
ただもう一度、遠眼鏡を構えた。
女戦士の歩き方を見た。
足の運び。
重心の置き方。
白狼特有の歩法だった。
無駄のない、しかしいつでも抜刀できる体の使い方。
剣の位置を見た。
大剣を担いでいるが、その担ぎ方が普通ではなかった。柄に添えられた右手の角度。いつでも鞘から瞬時に抜き放てる、その構え。
呼吸を見た。
仲間と話しながらも、その呼吸は乱れていなかった。常に一定のリズムを保っていた。長年の鍛錬でしか身につかない、呼吸法だった。
視線を見た。
談笑しながらもその目は絶えず、周囲を確認していた。街道の両脇。森の気配。誰かに教わったのではなく、体に染みついた警戒だった。
全てが一致していた。
「白狼、特有の歩き方」
ラグナルは、静かに告げた。
「剣の重心」
「呼吸」
「視線」
「全てが、一致している」
部下はそれでも、まだ納得しきれない様子だった。
「しかし、あの立ち振る舞いは……」
「偽装だ」
ラグナルは遮った。
「王女は正体を隠している。それが逆に、確信を深めている」
あれほど自然に、傭兵か旅人のように振る舞える。それができるのは、本物の王族だからこそだ。中途半端な演技では、こうはいかない。
ラグナルの、目に確信の色が宿った。
「王女は、生きていた」
静かな声だった。
「我々の任務は、変わらない」
その言葉に。
四つの気配が、静かに応えた。
声はなかった。
ただ木々の葉擦れの音だけが、森に響いていた。
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ラグナルは、遠眼鏡を下ろしかけた。
しかしその動きが止まった。
視線がもう一度、五人の中の一人へと戻った。
赤髪のショートカット。革鎧。腰に提げた剣。
アイリと呼ばれていた女だった。
ラグナルは目を細めた。
その足の運びに。
わずかな既視感があった。
白狼とは系統が違う。
しかし、踏み込みの瞬間の重心移動。
その一瞬だけ、体の軸を消すような独特の動き。
それが、白狼の遣い手が見せる動きと、どこか似ていた。
気のせいかとも思った。
それにしては、あまりにはっきりと、目に焼きついた。
ラグナルはしばらく、アイリの歩き方だけを見つめていた。
部下が怪訝な顔をした。
「ラグナル様?」
「……いや」
ラグナルは、遠眼鏡を下ろした。
「今の、任務には関係ない」
そう言いながらも。
頭の片隅に。
その違和感だけが、静かに残った。
街道を行く五人は。
自分たちが既に、狩られる側になっていることを、まだ知らなかった。
つづく…
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