表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/50

第8話 救いを求めた少女は、嘘をついた

夕暮れの光が、アルビオンの小さな町を赤く染めていた。石畳の道は一日の熱をまだ残し、行き交う人々の足取りもどこか疲れている。


 その中を、アリシアは無言で歩いていた。


 目的はただ一つ――休息。


 体力の回復と、魔力の安定。それだけを考えて、町の中央にある酒場の前で足を止める。




「……少しだけ」




 自分に言い聞かせるように呟き、重い扉を押し開けた。


 中から溢れ出したのは、熱と喧騒だった。


 酒の匂い、焼けた肉の香り、笑い声と怒鳴り声が入り混じる。木造の室内には長テーブルが並び、農夫や商人たちが肩を寄せ合って酒を酌み交わしていた。




 ――だが。




 その空気の中心に、不自然な“空白”があった。


 人々が意図的に距離を取っている一点。


 そこに、一人の少女が立っていた。


 純白の神官衣。腰まで届く青い髪。細い肩は震え、握り締めた手は白くなるほど力が入っている。




「妹が……妹がゴブリンに連れ去られました!」




 張り上げた声は、必死すぎるほど必死だった。




「このままでは生贄にされてしまいます!どうか……誰か、助けてください!」




 だが、その声に応える者はいない。


 視線を逸らす者。


 聞こえないふりをする者。


 小さく舌打ちをする者。




「無理だろ……」


「ここには戦える奴なんていねえよ」


「よそでやれ」




 押し殺した声が、彼女の周囲で静かに積み重なっていく。


 それでも少女は、諦めなかった。


 一人、また一人と声をかけていく。


 拒絶されても、顔を歪めながら次へ進む。




 その姿を、アリシアは入口で静かに見ていた。


 胸の奥に、鈍い痛みが走る。




(……似ている)




 自分と。


 妹を救おうとする、その姿が。


 気づいた時には、足が動いていた。




「――詳しく、話を聞かせてください」




 静かな声だった。


 だが、確かに届いた。


 少女ははっと顔を上げ、アリシアを見つめる。


 その瞳に、絶望の底から浮かび上がるような光が宿った。




「……助けて、いただけるのですか……?」




「状況次第です」




 即答はしない。


 感情ではなく、判断で動く。


 それが今のアリシアだった。




「話してください」




 少女は何度も頷き、言葉を繋ぎ始めた。




「私はリアナと申します……隣村の者です。巡礼で村を離れている間に、ゴブリンに襲われて……」




 声が震える。


 だが、止めない。




「村人は戦えません……多くが死ぬと分かっていました……」




 唇を噛む。




「だから妹が……ミリアが、自分から……」




 そこで言葉が詰まった。


 息が乱れ、視界が揺れる。


 それでも、絞り出す。




「陽光の巫女である自分を差し出す代わりに、村を襲わないでほしいと……!」




 酒場の空気が、わずかに変わった。


 誰もが完全に無関心ではいられない話だった。


 だが――それでも誰も動かない。




「ゴブリンは妹を連れて行きました……でも、ゴブリンが約束を守るはずがありません……!」




 リアナの声が崩れる。




「邪神ゾグラシュの生贄にされてしまう……時間がありません……!」




 沈黙が落ちた。


 アリシアはその沈黙の中で、静かに問いを重ねる。




「ゴブリンの数は」




 一瞬。


 リアナの目が揺れた。


(本当は……二十五)


 だが、その数字を口にすれば。


 この魔術師は去るかもしれない。


 そう判断した。




「……十体ほどです」




 短い沈黙。


 アリシアは目を閉じ、ほんの一瞬だけ思考を巡らせた。




(リリムを優先すべき)




 それが正しい。


 合理的だ。


 だが――


 目の前の少女が、消える。


 助けを求めながら、誰にも届かずに。




(……それは違う)




 静かに目を開く。




「場所は」




「村の近くの洞窟です!」




 即答だった。


 希望に縋る声。


 アリシアは頷く。




「急ぎましょう」




 その一言で、空気が変わった。


 リアナの目から涙が溢れる。




「……ありがとうございます……!」




 アリシアは踵を返した。


 迷いは一切ない。


 扉へ向かうその背中は、すでに戦場へ向かう者のそれだった。


 リアナも必死に後を追う。


 二人は酒場を飛び出した。


 冷たい外気が頬を打つ。


 次の瞬間。


 アリシアの周囲に魔力が展開される。


 足元が浮く。




「え……!?」




「掴まって」




 短く告げ、リアナの手を取る。


 淡い光が二人を包み込む。


 そして――


 空へ。


 町の灯りが一気に遠ざかる。


 夕焼けと夜の境界を裂くように、アリシアは加速した。




「どちらですか」




「……あ、あちらです!」




 震える指が示す先へ。


 迷いなく進む。




(リリム……)




 胸の奥で、確かに感じている。


 遠くにある、闇の気配。




(待っていて)




 その想いを抱えたまま。


 アリシアは夜空を駆け抜けた。




やがて視界の先、森の闇にぽっかりと口を開けた洞窟が現れた。


その入口に、影が二つ――ゆらりと動く。




「……見張りがいます。二体」




アリシアの囁きに、リアナも目を凝らした。


一体は錆びた短剣を弄びながら、落ち着きなく周囲を見回している。


もう一体は骨を握り、その先にこびりついた肉を舐め取っていた。


湿った音が、静かな森に妙に響く。


リアナの喉がひきつる。目を逸らしたい。


だが、逸らせなかった。


ゴブリンたちは笑っている。肩をぶつけ合い、じゃれ合うように。


――その無邪気さの奥に、捕食者の本性が透けて見えた。




「少し離れた所に降ります。音を立てないように」




二人は高度を落とし、茂みへと滑り込むように着地した。


足が地に触れた瞬間、リアナの膝がわずかに揺れる。初めての飛行の余韻が、まだ体に残っていた。


だが――




「リアナさんは、ここで待機を」




アリシアの声は、静かで揺るがない。




「私も行きます!」




反射的に、声が出ていた。




「いえ。一人の方が確実です」




柔らかな口調。だが拒絶は明確だった。


アリシアは杖を掲げる。赤い宝石が、静かに脈打つ。




「まだ制御が万全ではありません。暴走すれば……あなたを巻き込む」




言葉は淡々としている。だが、それが事実であることは疑いようがなかった。


リアナは言い返せない。唇が震える。




「必ず、ミリアさんを助けます」




短く言い切ると、アリシアは背を向けた。




「あ、あの――!」




呼び止める。だがその先が、続かない。


本当は、言うべきことがあった。




――ゴブリンは、あれだけじゃない。




喉まで出かかった言葉が、凍りつく。


もし伝えれば、この人は作戦を変えるかもしれない。


時間がかかるかもしれない。


その間に、ミリアが――




「……お気をつけて。妹を、お願いします」




結局、出たのはそれだけだった。




「はい」




アリシアは一度だけ振り返り、そして闇へと歩み去る。


その背が見えなくなるまで、リアナは拳を握りしめていた。




「ミリア……」




祈ることしかできない自分が、歯がゆかった。




洞窟の入口。


二体のゴブリンが、低い唸り声で言葉を交わしている。


灰色の皮膚、濁った赤い目。牙の間から唾液が垂れる。


痩せた体に似合わず、その動きは鋭い。


アリシアは木陰に身を沈め、呼吸を消した。




――正面からは行かない。




杖をわずかに振る。




幻影イリュージョン




岩陰で、小さな音が弾けた。石が転がるような乾いた響き。




「グルァ?」




一体が反応する。もう一体も鼻を鳴らし、音の方へ視線を向けた。


警戒しながら、二体は揃って足を動かす。




――今。




思考と同時に、杖が閃く。




風刃ウィンドブレード




音もなく放たれた刃が、先頭ゴブリンの喉を裂いた。


血が噴き出し、声にならない叫びが空気を震わせる。




「ギャッ――!」




残った一体が振り向く。視線が、アリシアを捉える。


だが、遅い。


二撃目の風刃が胸を貫いた。


ゴブリンは数歩よろめき、そのまま崩れ落ちる。




沈黙。




アリシアはわずかに息を吐いた。


魔力の流れに、ほんの一瞬だけ揺らぎが走る。


――やはり、安定していない。


視線を落とし、すぐに切り替える。




「……行く」




洞窟の内部は、冷えていた。


湿った土と、腐敗の匂い。


暗闇は濃く、光を拒むように奥へと続いている。




「光よ」




杖の宝石が淡く燃え、白い光が広がる。


岩壁、骨片、散乱した道具――隠れていたものが浮かび上がる。




一歩。




足音がやけに大きく感じる。


滴る水音が、心臓の鼓動と重なる。




「ミリアさんを、必ず」




呟きは短い。だが、その奥に揺るぎはない。


さらに進んだその時――


違和感。


空気が、わずかに歪む。


アリシアは足を止め、目を閉じる。




罠探知トラップディテクション




青い光が広がり、魔力の線が浮かび上がる。


――ロープ。


天井から地面へ、不自然に張られている。


その先。


吊られた岩が、わずかに軋んでいる。




「……落石」




一歩、踏み出しかけて――止める。


足先が、石をかすめた。


わずかに、ロープが揺れる。


岩が、きしりと鳴った。


静かに、息を吐く。




――危なかった。




足場を選び、ゆっくりと迂回する。


一歩。もう一歩。


背後で、岩がわずかに揺れ続けている気配がする。


だが、振り返らない。


やがて、罠の範囲を抜けた。




「……」




短く息をつく。


ここは入口に過ぎない。そう理解している。


足元の岩の色が、わずかに違う。


杖を構え、風を放つ。




風圧ウィンドプレッシャー




返ってくる音が、不自然に鈍い。


中央部――空洞。




「落とし穴」




端へ寄る。足場は狭い。


一歩踏み外せば、終わりだ。


慎重に、体重を移す。


石が、わずかにずれる。




――滑る。




咄嗟に壁へ手をつく。


指先が、湿った岩に食い込む。




数秒。


動かない。




やがて、ゆっくりと体勢を戻す。


呼吸が浅い。


それでも、進む。


やがて安全圏に辿り着き、アリシアは足を止めた。




「……まだ、先がある」




杖を握り直す。


洞窟の奥から、風が吹く。


それはまるで、何かが待っているようだった。





(次回、最奥の魔導ゴブリン)





登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!

闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――

物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。

「このキャラの姿を見てみたい」

「戦闘シーンをもっと想像したい」

そんな方はぜひご覧ください。

▼pixivはこちら

https://www.pixiv.net/artworks/144606685


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ