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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第71話 先輩と後輩

 エレナは、静かに告げた。




「私は、リリムをやります」




 青色の瞳が、リリムをまっすぐに捉えた。




「イゼルあなたは、ミモザに邪魔をさせないでください」




「かしこまりました」




 イゼルの返事に、迷いはなかった。




 エレナが一歩、前に出た。




 リリムも体を、緊張させた。庇われたまま、動かないつもりはなかった。両手に魔力を集め始めた。




 エレナとリリムが、向かい合った。


 朝の光の中で二人の間に、張り詰めた空気が満ちていった。




 ミモザが動こうとした。


 リリムを助けに行こうとした。




 その前に、イゼルが立ちはだかった。




 聖剣が、水平に構えられた。




「邪魔はさせない」




 平坦な声だった。




「お前の相手は、私だ」




「――くっ」




 ミモザの足が止まった。


 金色の瞳がイゼルを見た。




「先輩」




「話すことは、ない」




 イゼルの剣先で、白い炎が静かに燃え始めた。




「動くなら、相応の覚悟を」




 ミモザは、深く息を吸った。


 両手を構えた。




「――わかっています」




 光の衝撃波が、放たれた。




 ミモザはよけなかった。




 光の障壁で受けた。そしてこれまでのように、後退しなかった。障壁がしっかりと、衝撃波を受け止めた。




 イゼルの剣が、動いた。


 最短距離の突きが、ミモザの脇腹を狙った。




 ミモザは、体をわずかに捻った。かわしきれなかった。しかし、致命傷にはならなかった。革鎧の袖が裂けた。




 ミモザは反撃した。




「聖光の裁き」




 それは、ミモザの固有魔法ではなかった。もっと強い光だった。ミモザの中から、今まで見せたことのない、密度の魔力が溢れ出した。




 イゼルの目が、わずかに見開かれた。




 光の奔流が、イゼルの側面へと迫った。




 イゼルは、瞬時に身を引いた。回避したが、完全ではなかった。頬に一筋、線が入った。




(速い)




 イゼルは思った。




(今までのミモザとは、違う)




 ミモザの動きが、明らかに変わっていた。以前は防御に徹していた。攻撃を受けながら、耐え続けるだけだった。今は違った。防御の合間に、確実に反撃を差し込んでいた。




 その理由をイゼルは、まだ理解していなかった。


 しかし体で、感じていた。




 ミモザは何かを、守ろうとしている。


 その意志の強さが、力の差を埋めていた。




「白炎の粛清」




 イゼルが、剣を振るった。




 白い炎の奔流が放たれた。ミモザは、真正面から受けなかった。半身になり、炎の勢いを受け流した。




 革鎧が焦げた。それでも倒れなかった。




 距離を詰めた。




「光輝の刃」




 ミモザの手から、光の刃が放たれた。




 イゼルは剣で、それを弾いた。しかし、次の一撃が来た。今度は、二本同時だった。


 一本は弾いた。


 もう一本が、イゼルの肩をかすめた。




「――ッ」




 鎧に切れ目が入った。


 イゼルは下がった。


 距離を取った。




 息が、わずかに上がっていた。今までなかったことだった。イゼルの中で、何かがざわめいた。




 自分より格下のはずだった。


 技量も魔力量も経験も、自分の方が上のはずだった。




 それなのに。




(なぜ、押されている)




 答えは、すぐには出なかった。




 ミモザがまた、間合いを詰めてきた。


 その目に、迷いがなかった。




 その目をイゼルは廃屋で見た。傷つきながらも退かなかった、あの目だった。




(この子は)




 イゼルの思考が乱れた。




(何を、守ろうとしている)




 攻防が続いた。


 互いに傷が増えていった。ミモザの革鎧は、あちこち焦げ裂けていた。イゼルの鎧にも、細かい傷がいくつも刻まれていた。




 ミモザは、止まらなかった。




 イゼルの剣が、ミモザの腕をかすめた。血が流れた。しかし、ミモザは怯まなかった。すぐに反撃を返した。




 その速さにイゼルは、追いつくのが精一杯だった。




(強くなっている)




 イゼルは思った。




(あの廃屋で見た時よりも、遥かに)




 理由がわかった気がした。


 守るべきものがある者と、命令に従うだけの者との差だった。




 イゼルは、聖剣を握り直した。


 白炎の粛清を、再び放とうとした。




 その瞬間。


 ミモザの声が届いた。




「先輩は」




 息を切らしながら、まっすぐに言った。




「本当にこれが、正しいと思っていますか」




 イゼルの手が止まった。




「闇の力を持つ者を、無条件に粛清することが」




 ミモザの目が、イゼルを見た。




「苦しんでいる者に、剣を向けることが」




 ミモザの言葉が、深くイゼルの中に突き刺さった。


 イゼルは、答えられなかった。




 答えを探そうとした。今までのあらゆる任務の記憶を辿った。粛清してきた闇の者たち。悪魔と契約した者たち。禁術に手を染めた者たち。それら全てに、迷いはなかった。




 しかし。


 村の廃屋で見たリリムの目が蘇った。


 悲しみだけがあった、あの目が。




 そして目の前のミモザの目が。


 迷いのないその目が。




(間違っているのは)




 イゼルの中でその考えが、静かに形を成していった。




(私たちの方ではないか)




 聖剣を握る手が、わずかに緩んだ。




 その隙を、ミモザは見逃さなかった。




「光の矢」




 放たれた矢が、イゼルの肩を貫いた。




「――ッ」




 イゼルは片膝を突いた。


 初めて地面に膝をついた。




 銀灰色の瞳が、自分の肩から流れる血を見た。それからその血を流させた、ミモザの姿を見た。




 答えの出ない問いだけがイゼルの中で、静かに渦を巻いていた。





つづく…




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