第61話 朝焼けの本音
沈黙が続いた。
ルークがリリムを見ていた。リリムはルークを見ていた。どちらも、先に口を開かなかった。
夜明けの風が、二人の間を通り過ぎた。
先に動いたのは、ルークだった。
剣を鞘に収めた。それから、その場にしゃがみ込んだ。地面に手をついて、大きく息を吐いた。
「……緊張した」
独り言のような声だった。
リリムは、その言葉に少し驚いた。
「怖くなかったんですか」
気づいたら、口から出ていた。
ルークが顔を上げた。
「怖かったですよ」
あっさりと言った。
「仲間に剣を向けたのは、初めてでした。手が震えていました。ガレス隊長に本当に斬られるかもしれないと、思っていました」
「それでも、前に立ったんですか」
「……立たずにいられなかったんです」
ルークは立ち上がった。リリムより少し背が高かった。改めて向き合うと、その顔の幼さが目についた。自分とそう変わらない年齢かもしれない、とリリムは思った。
「あなたの目を見たとき、分かったんです。悪い人じゃないって」
「どうして」
「説明が難しいんですが」
ルークは少し考えた。
「あの目は、誰かを傷つけようとしている目じゃなかった。傷ついている目でした。全然違います、その二つは」
リリムは答えなかった。
傷ついている目。自分の目がそう見えていたのかと、リリムは思った。自分では分からなかった。
「あなたは」
ルークが続けた。
「本当に、この村を滅ぼしていないんですね」
「……していない」
「では、誰が」
「魂喰い獅子グラウガという魔獣です。数日前に村を襲った。村人は全員、その魔獣に殺された」
ルークの顔が、変わった。
「グラウガ」
「知っていますか」
「名前だけは。禁術戦争時代に生み出された災厄級の魔獣だと、授業で習いました。まさか実在するとは」
「実在していました。さっきまで、ここにいた」
ルークが広場を見回した。爪が抉った石畳の跡が、まだそこにあった。
「倒したんですか、あなたが」
「……倒した、というより」
リリムは少し迷った。話してもいいのか、分からなかった。しかしルークは自分のために仲間に剣を向けた人間だ。その事実が、リリムの言葉を動かした。
「村人たちの魂を、吸収しました。魂喰い獅子に囚われていた魂も、解放しました。倒したのではなく、消滅させたという方が、近いかもしれない」
ルークは黙って聞いていた。
「怖いですか」
リリムは言った。
「魂を吸収する力を持った人間が、隣に立っていることが」
ルークは少し考えた。
「怖いという気持ちが全くないと言えば、嘘になります」
正直な答えだった。
「でも」
ルークは続けた。
「村人たちを救ったんですよね。囚われていた魂を、解放したんですよね。それは怖い力じゃない。すごい力だと思います」
リリムは返事ができなかった。
すごい力。
その言葉を、自分の力に向けて使われたことが、なかった。忌まわしい力とは言われた。禁じられた力とも言われた。しかしすごいと言われたことは、一度もなかった。
「どこから来たんですか」
ルークが聞いた。
「ルミナ王国です」
「遠いところから。一人で?」
「……今は、一人です」
今はという言葉に、ルークは何かを感じたのか、それ以上聞かなかった。
「これから、どこへ行くんですか」
「分かりません」
リリムは正直に言った。
「行く宛がないんです。ただ、歩いていました」
ルークは少し黙った。それから、頭を掻いた。
「俺も、今は行く宛がないですね。ガレス隊長に頭を冷やしてから、戻ってこいと言われたので」
その言い方が、少しおかしかった。
リリムの表情が、わずかに動いた。笑うまでには至らなかった。しかし、口元が少し緩んだ。
ルークが気づいた。
「あ」
「何ですか」
「笑った」
「笑っていません」
「笑いかけていました」
「……していません」
ルークは少し微笑んだ。責めているわけではなく、ただ嬉しそうだった。
「よかった」
「何がですか」
「さっきまで、本当に悲しそうな顔をしていたから」
ルークは言った。
「少しでも違う顔が見られて、よかったと思っただけです」
リリムは視線を逸らした。
空を見た。夜明けの橙色が、広がっていた。
「ルークさん」
「はい」
「なぜ、私の話を聞こうとしたんですか。仲間に逆らってまで」
ルークは少し考えた。
「さっきも言いましたが、あなたの目を見たからです」
「それだけですか」
「それだけです」
あっさりとした答えだった。
「あなたが魔女かどうかとか、闇の魔力があるかどうかとか、正直そういうことより先に、目が来たんです。あの目で助けを求めている人を、剣で斬れない。それだけです」
リリムは、ルークを見た。
この人は単純なのか、それとも勇敢なのか、分からなかった。しかしその目に嘘がないことは、分かった。
「一つ、聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「太陽神の教えは、弱いものを救うことだと、言っていましたね」
「はい」
「あなたの仲間の一人が言っていました。闇を滅ぼすことが、太陽神への務めだと」
「そう教わっている人も、います」
「どちらが正しいんですか」
ルークは少し間を置いた。
「俺には、分かりません」
正直な答えだった。
「教会でも、暁の剣でも、人によって言うことが違います。俺が正しいのかどうかも、分からない。ただ」
ルークはリリムを見た。
「さっきの選択を、後悔していません」
リリムは何も言わなかった。
夜明けの光が、二人を照らしていた。
深紅のローブを胸に抱えたまま、リリムはその光の中に立っていた。
つづく---
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