第60話 魔女を信じた騎士
「そこで、何をしている」
背後から声がした。
リリムは振り返った。
五人の男が立っていた。白いマントだった。胸元に金の太陽紋章が光っていた。腰に剣を提げていた。夜明けの光の中で、その紋章が鈍く輝いていた。
暁の剣。
太陽神レオリアに仕える騎士団。
リリムは答えようとした。何と言えばいいか、分からなかった。この村で何をしていたのか、どこから話せばいいのか、言葉が見つからなかった。
先頭の男が、リリムの顔を見た。四十代だろうか。顎に傷跡のある、厳しい顔をした男だった。その目が、細くなった。
「……まさか」
男が言った。
「貴様、魔女リリムか」
私の名前を知っている。
リリムは答えなかった。答えることが、できなかった。
「貴様が、南支部を壊滅させたと聞いた」
男の声に、怒りが滲んだ。
「その上、この村まで滅ぼしたのか」
「違う」
リリムは言った。
声は小さかった。しかし確かに言った。
その瞬間、リリムの体から魔力が溢れた。
意図したものではなかった。体の中に満ちていた三十四人分の魔力が、感情の昂ぶりに反応して、外に滲み出した。黒と紫の混じった魔力が、リリムの周囲の空気を揺らした。
五人が、たじろいだ。
「何という、禍々しい魔力だ」
一人が呟いた。
先頭の男が、剣の柄に手をかけた。
「構え」
五本の剣が、一斉に鞘から引き抜かれた。刃が夜明けの光を反射した。
リリムは動かなかった。
五本の剣が、自分に向けられているのを見た。見ながら、胸の中で三十四人の声が揺れるのを感じた。
悲しかった。
怒りではなかった。恐怖でもなかった。ただ、悲しかった。
違うのに、と思った。この村を滅ぼしたのは自分ではない。それでも、こうして剣を向けられる。名前だけで、魔力だけで、全てを決められる。
その悲しさが、瞳に出た。
リリムには分からなかった。自分がどんな顔をしているか、分からなかった。
しかし、一人が気づいた。
五人の中で最も若い男だった。
二十歳前後だろうか。まだ線が細く、頬に幼さが残っていた。茶色の短髪。真面目そうな目をしていた。その目が、リリムの瞳を見て、止まった。
「ちょっと、待ってください」
男が言った。
先頭の男が眉を動かした。
「どうした、ルーク」
「この人を斬ることを、少し待っていただけませんか」
「待つ理由がない。魔女リリムだぞ」
「でも」
ルークが、リリムと五人の間に進み出た。
前に立った。リリムを背にして、仲間たちに向かって立った。
「この人は、悪い人ではありません」
静かな声だった。しかし揺れていなかった。
「何を言っている」
先頭の男、ガレスが言った。
「その強大な闇の魔力が、わからないのか。目を覚ませ、ルーク」
「わかっています」
ルークは言った。
「でも、闇の魔力を持っているからといって、悪い人とは限らないはずです」
「限らない?」
「はい」
「ルーク」
別の男が割り込んだ。
「お前、いつもと様子が違うぞ。魔女の魅惑に取り憑かれたか」
「取り憑かれていません」
「ならなぜ、そんなことを言う」
ルークは少し間を置いた。
「この人の瞳を、見てほしいです」
誰も答えなかった。
「悲しすぎる目をしています。底が知れないくらい、切ない目です。怒っていない。脅してもいない。ただ、途方もなく苦しんでいる」
「苦しんでいようと」
ガレスが言った。
「闇を滅ぼすのが、我々の務めだ」
「違います」
ルークの声が、少し大きくなった。
「弱いものを守ること。苦しんでいるものを救うこと。それが太陽神の教えのはずです。私はそう教わりました、ガレス隊長から」
ガレスが、黙った。
「どけ、ルーク」
別の男が前に出た。剣を構えたまま、ルークに向かって言った。
「我々は、魔女を斬らなければならない。情けをかけることがどれほど危険か、お前は知らんのか。魔女に心を揺さぶられて死んでいった仲間を、俺は何人も見てきた。だからこそ、感情を排して動くんだ」
「この人は違います」
「なぜ言い切れる」
「……わかるんです」
ルークは答えた。上手い言葉ではなかった。理屈でもなかった。ただ、そう言った。
「わかるんです、私には。この人は、救いを求めている」
沈黙が落ちた。
ガレスが、ゆっくりと口を開いた。
「ルーク。お前を反逆者とみなして、斬ることもできる」
「はい」
「それでも退かないのか」
ルークは答えなかった。
代わりに、剣を抜いた。
構えた。仲間に向かって。
ガレスの目が、細くなった。しばらく、ルークを見ていた。その目の奥で、何かが動いた。
やがてガレスは、剣を鞘に収めた。
他の男たちが、顔を見合わせた。
「隊長?」
「引くぞ」
「しかし」
「引くと言っている」
ガレスは振り返り、村の入口の方角へ歩き始めた。他の男たちが、戸惑いながらも続いた。
ガレスは歩きながら、振り返らずに言った。
「街に戻り、救助隊を要請する。身元不明の生存者がいたと報告する」
ルークが顔を上げた。
「ガレス隊長」
「頭を冷やしてから戻ってこい、ルーク」
ガレスの背中が、夜明けの光の中を遠ざかっていった。
ルークは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、隊長」
声が届いたかどうか、わからなかった。ガレスは振り返らなかった。
足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
静かになった。
ルークが振り返った。
リリムを見た。リリムもルークを見た。
二人は、しばらくそのままだった。
リリムは何か言おうとした。ありがとうという言葉が、一番近かった。しかし喉が動かなかった。
ミモザさんと、同じことを言っていた。
弱いものを守ること。苦しんでいるものを救うこと。それが太陽神の教えだと。
それぞれ違う人間が、同じ言葉を持っている。
リリムには、それがどういうことなのか、まだうまく理解できなかった。ただ、胸の中で何かが温かくなった。
夜明けの光が、広場を満たしていた。
つづく---
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