第51話 退かぬ光
白い炎が、夜気を焦がした。
イゼルの放った光の矢が、ミモザへと殺到する。
三本、連続して。
ミモザは右に踏み込んで最初の一本をかわし、二本目を光の障壁で受け、三本目は身を低くして頭上を通過させた。
「光の矢」
反撃の矢が放たれた。
イゼルは半歩引いて軸をずらし、矢は肩口をかすめて夜闇へ消えた。
髪が一筋、熱で焦げた。
イゼルの表情は変わらなかった。
「浄化領域」
低く唱えた。
白い光が地面から滲み出し、イゼルを中心として広がっていく。
その光がミモザの足元に触れた瞬間、ミモザの表情がかすかに歪んだ。
展開しようとした障壁が、本来の半分の厚みにしかならない。
その隙を、イゼルは見逃さなかった。
「白炎の粛清」
白い炎の奔流が、ミモザへと向かった。
ミモザが両腕を交差させ、全力の光の障壁を展開する。
炎が激突し、光と光がぶつかり合い、爆発的な輝きが夜を割った。
ミモザの足が砂をえぐりながら、三歩、後退した。
膝が、震えた。
倒れなかった。
両腕の障壁が焦げていた。革鎧の一部が燃えていた。右腕の皮膚が、障壁を突き破った熱で、赤く爛れている。
金色の瞳に、痛みの色が宿っていた。
「ヒール」
ミモザが短く唱えた。爛れた腕に光が宿り、皮膚が元の色を取り戻していく。完全には癒えない。それでも、動かなくなるよりはましだった。
その間、目は伏さなかった。
イゼルを、見ていた。
均衡が続いた。
イゼルが攻め、ミモザが凌ぐ。ミモザが踏み込み、イゼルが受け流す。格の差は明らかだった。イゼルの一撃はミモザの防御を確実に削り、ミモザの攻撃はイゼルに決定的なダメージを与えられない。
だが、ミモザは倒れなかった。
削られながら、補いながら、一歩も退かなかった。
廃屋の壁に背を預けたまま、リリムはその戦いを見ていた。魔力がない。体も動かない。ただ、見ていることしかできなかった。
ミモザが傷つくたびに、胸の中で何かが痛んだ。
(なんで)
リリムは思った。
(なぜあなたは私を、助けるんですか)
暁の剣南支部で会っただけだ。重傷を癒してもらい、「また会いましょう」と言われた。それだけのはずなのに、この人は今、体を張っている。
しかも、相手は先輩だった。
同じ太陽教会に属する、自分より格上の相手だった。逆らうことがどういうことか、ミモザはわかっているはずだ。それでも、退かなかった。
ミモザの光の障壁が、また一枚、白炎に焼かれた。
イゼルが、槍を引いた。
攻撃の手が、止まった。
ミモザは構えを解かず、乱れた息を整えながらイゼルを見ていた。
イゼルは槍を収めていた。
穂先の白い炎が細くなり、やがてしずまる。銀灰色の瞳が、ミモザを見た。感情のない目が、しかしわずかの間、何かを測るように止まった。
それからイゼルは、視線をミモザからリリムへと移した。
廃屋の壁に手をついたまま立っているリリムを見た。紫の髪が乱れ、ローブが汚れ、魔力も体力も尽き果てた、それでも目だけは伏せなかったリリムを。
砂の上に落ちたままの、深紅のローブを見た。
そして、ミモザへと視線を戻した。
「あなた、自分のやっていることが、わかっているの?」
声は変わらず平坦だった。
ただ今度は、問いの意味が少し違った。責めているのではない。批判でも、軽蔑でもない。ただ純粋に、その問いだけがそこに置かれていた。
かつて自分が教えた後輩に向かって、イゼルは問うていた。
お前は今、何をしているのか。それがわかっていて、立っているのか。
ミモザは、少し間を置いた。
それから、静かに頷いた。
「わかっています、先輩」
イゼルはその顔を見た。
一秒。
二秒。
三秒。
銀灰色の瞳が、ミモザの目を見ていた。何を考えているのか、わからなかった。感情が読めないのではなく、そもそも何かがあるのかすら、わからなかった。
やがて、踵を返した。
足音は相変わらず均一だった。感情の起伏のない、一定のリズム。白い外套の裾が翻り、やがて闇に溶けていく。
「次に会うときは、容赦しない」
足音が、聞こえなくなった。
夜が、戻ってきた。
ミモザが振り返った。
金色の瞳が、リリムを見た。柔らかな目だった。先ほどまでの戦闘が嘘のように、穏やかな顔をしていた。ただ革鎧の一部が焦げ、頬に細い傷が一筋あった。
「リリムさん」
ミモザが、廃屋の中へと歩みを進めた。
リリムは動けなかった。
喉が何かで詰まったように、動かなかった。言いたいことが、聞きたいことが、山のようにあった。なぜ来たのか。あの人はあなたの先輩だったのか。ヴァレリアはどこへ行ったのか。消えてしまったのか、それとも――
全部が言葉にならなかった。
ミモザが、リリムの目の前で立ち止まった。
そっと、手が伸びてきた。リリムの頭に、静かに置かれた。
それだけだった。
何も言わなかった。ただ、その手の温かさが、リリムの頭の上にあった。
リリムは気がついたら、膝をついていた。壁を伝って崩れ落ちるような形で、砂の上に膝をついていた。声は出なかった。涙も出なかった。ただ、ミモザの手の温かさだけが、頭の上にあった。
砂の上に落ちた深紅のローブが、夜風に揺れていた。
つづく---
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