第47話 交錯する光と影の夜明け
冷たい石造りの廊下に、足音が硬く反響する。
壁にはひび割れた燭台が並び、消えかけた炎がかすかに揺れていた。
その静寂を破るように、アイリが口を開いた。
「マイア、どういうつもりだ? なぜ勝手に仲間に加わった?」
低く抑えた声の奥に、苛立ちと困惑が混じっている。
マイアは振り返らず、前を歩いたまま答えた。
「この先、二人だけじゃ無理だからよ。……あれだけヴァンパイアに関わるなって言ったのに、聞かなかったのは誰?」
彼女の声は冷ややかだったが、震える指先が本心を隠していた。
「彼女たちが現れなかったら……私たちは、もうここにいなかったのよ」
その言葉に、アイリは反論できず、拳を握りしめて黙り込むしかなかった。
やがてマイアは歩みを止め、静かに続けた。
「それに、あのアリシアという人……ただ者じゃないわ。魔法が使えない私でも、全身を包まれるような魔力を感じた。……あんなすごい魔術師、二度と出会えない」
アイリは無意識に喉を鳴らし、目を細めた。
「そんなにすごい魔術師なのか……それはちょっと、興味あるな」
その時、背後から声が響いた。
「ま、待ってください!」
振り返ると、息を切らしたリアムが駆け込んでくる。
「リアム!? なぜお前がここにいる?」
アイリが驚きの声を上げる。
「私も……ワーウルフを追ってきたのです」
リアムは汗をぬぐいながら答える。
その顔には恐怖と安堵が入り混じっていた。
「よく無事だったな」
「途中で、ワーウルフに襲われたんです。でも……アリシアさんたちに助けてもらいました」
「そうか……それは、よかった」
アイリは頷き、剣を鞘に収める。
「さあ、一緒にこの城を出るぞ」
「は、はい!」
――そして、夜が明けた。
長い戦いの末、彼女たちが街に戻った時、朝の陽光が石畳を黄金色に染めていた。焼け付くような夜の気配はすでに薄れ、澄み渡る空気が彼女たちを包み込む。
リアムは深く頭を下げた。
「ありがとうございました。報酬は……翌日までに、必ずご用意いたします」
アイリは軽く頷いたが、その瞳はどこか遠くを見ていた。
――こうして彼女たちは、一日の休息を経て、再び旅立つ。
リアナは静かに手を組み、瞳を閉じた。
「太陽神レオリアよ、我らに新たな仲間を与え給い、感謝いたします。どうかこの縁が、祝福されますように……」
祈る声が響く中、アイリはふと窓辺に立ち、朝の光を見つめた。
「……マイア」
「なに?」
「私たちだけじゃ無理だったって、よくわかった。本当に強い仲間が、できたんだな」
マイアは穏やかに微笑んだ。
「そうね。きっとこれが、旅の新しい始まりになるわ」
五人となった小さな隊列は、朝の光の中を歩き出した。
ローエンの夜は静かだった。
人々は眠りについている。
誰も知らない。
今しがた暁の剣南支部で、何が起きたのか。
石畳を走る。
裏路地を抜ける。
月明かりだけが、二人を照らしていた。
「どこへ向かうんですか」
リリムが問う。
「街外れ」
ヴァレリアは即答した。
「今の私たちは、目立ちすぎる」
その通りだった。
リリムは自分の姿を見る。
黒いローブは裂けている。
血。
灰。
泥。
髪も乱れ放題だった。
まともな人間に見える格好ではない。
ヴァレリアも同じだった。
深紅のローブは所々焼け焦げ、右肩には血が滲んでいる。
それでも足取りだけは乱れない。
街外れの廃倉庫へ辿り着いた時。
リリムは限界だった。
扉をくぐる。
壁にもたれる。
そのまま崩れ落ちた。
膝が笑う。
腕が重い。
指先ひとつ動かしたくない。
魔力が空だった。
完全な枯渇。
体の奥にあるはずの力が、根こそぎ失われている。
まるで内蔵を抜かれたような、虚脱感だった。
「……もうだめ」
思わず漏れた。
闇魔法を使おうとしてみる。
何も起きない。
指先に、いつも感じる闇の気配すら存在しなかった。
ヴァレリアは、回復薬を飲み干していた。
傷は塞がる。
だが顔色は悪いままだ。
「魔力は戻らないわね」
苦笑する。
珍しく弱音に近い言葉だった。
それだけ消耗しているのだ。
「少し休みましょう」
「はい……」
リリムは目を閉じた。
どれくらい経ったのか。
数分か。
数十分か。
わからない。
虫の音が聞こえる。
風が吹く。
夜が生きている音。
そのはずだった。
だが。
不意に。
それが消えた。
リリムの目が開く。
静かだった。
異常なほどに。
虫が鳴かない。
風が吹かない。
夜そのものが、息を止めている。
嫌な感覚が、背筋を這い上がった。
魔力はない。
それでも分かる。
危険だ。
本能が叫んでいる。
「……ヴァレリアさん」
呼ぶ。
ヴァレリアは既に立ち上がっていた。
入口を見ている。
その顔には、緊張が浮かんでいた。
光だった。
最初に見えたのは。
月光ではない。
もっと冷たい。
もっと鋭い。
純粋すぎる光。
それが一点へ集まっている。
まるで神が夜へ、穴を開けたようだった。
扉が開く。
音はしない。
だが空気だけが変わった。
女が立っていた。
銀髪。
純白の革鎧。
月光を受けて輝いている。
切れ長の銀灰色の瞳。
その瞳に感情はなかった。
怒りもない。
憎しみもない。
使命感すらない。
あるのは。
絶対的な確信だけだった。
目の前の二人は、排除すべき対象。
それ以上でも以下でもない。
リリムは息を呑んだ。
その存在感。
ただ立っているだけなのに。
空間そのものが支配されている。
「……陽光の乙女」
ヴァレリアが低く呟く。
その声は警戒していた。
いや。
恐れていた。
リリムは初めて見る。
ヴァレリアが、誰かを警戒する姿を。
陽光の乙女は、何も答えない。
右手を上げる。
光が集まる。
一本。
二本。
三本。
矢が生まれる。
さらに増える。
四本。
六本。
八本。
空間を埋めるほどの光の矢。
すべてが二人へ向けられていた。
リリムは立ち上がろうとした。
だが膝が動かない。
闇の盾を使おうとする。
魔力がない。
何も出ない。
絶望的だった。
陽光の乙女の指先が動く。
それだけだった。
八本の光矢が一斉に放たれる。
世界が白く染まった。
爆風が廃屋を呑み込んだ――。
つづく---
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