第45話 陽光の巫女
「アイリ、耐えて!」
マイアが槍を石畳へ突き立てた。
白い光が地面を走る。
黄金の輝きが波紋のように広がり、絡みついていた黒い影を次々と焼き払っていく。
「浄化の光よ――散れ!」
ジュウゥゥッ――!
悲鳴のような音を上げ、影の触手が消滅する。
アイリを蝕んでいた黒い侵食も、わずかに後退した。
「はぁ……はぁ……助かった」
アイリは荒い息を吐く。
顔色は悪い。
毒霧、人形との戦い、そしてヴァンパイアとの激戦。
限界は近かった。
ヴァンパイアは不快そうに眉をひそめる。
「忌々しい光だ」
赤い瞳がマイアを捉える。
先ほどまでの余裕ある観察者の目ではない。
明確な敵意。
それを感じ取り、マイアは槍を握り直した。
「アイリ、もう無理はできないわ」
「無理でも、やるしかないだろ」
アイリは血の滲む口元を拭う。
その瞳だけは、死んでいなかった。
ヴァンパイアが笑う。
「良い」
ゆっくりと歩み出る。
「絶望に抗え」
「命を燃やせ」
「その輝きこそが価値を持つ」
赤い月が輝く。
闇が濃くなる。
「血に混ぜれば、実に美しい」
その言葉に、アイリの眉が吊り上がる。
「少女たちを、酒の肴みたいに言うな!」
炎が爆発した。
「火炎斬!!」
紅蓮の斬撃が一直線に走る。
同時にマイアも動く。
「響華獅光流――半月閃!」
光の弧が炎と重なる。
炎と光。
二つの力が同時に、ヴァンパイアへ迫った。
轟音。
中庭が揺れる。
爆煙が舞い上がる。
アイリは歯を食いしばった。
今度こそ――。
しかし。
煙の中から声が響く。
「悪くない」
ヴァンパイアは立っていた。
だが。
今度は違う。
胸元が大きく裂けていた。
黒い血が滴っている。
マイアが目を見開く。
「効いた……!」
初めて。
確かなダメージだった。
ヴァンパイア自身も、傷口を見下ろす。
そして静かに呟いた。
「なるほど」
赤い瞳がマイアを見た。
「やはり光か」
傷口から黒い霧が溢れる。
再生が始まる。
だが。
先ほどより遅い。
明らかに。
マイアも気づいた。
「アイリ!」
「ああ!」
二人の表情に、希望が宿る。
光属性。
それが奴の弱点だ。
ヴァンパイアは再生しながら微笑む。
「素晴らしい」
「この私を傷つけた」
だが次の瞬間。
赤い月が強烈な光を放った。
月光が傷口へ降り注ぐ。
肉が再生する。
骨が繋がる。
裂けた胸が完全に元へ戻った。
アイリの顔から希望が消えた。
「そんな……」
ヴァンパイアが、両腕を広げる。
「見えるか?」
「これが永遠だ」
「これが死を超えた存在だ」
圧倒的だった。
傷つけても意味がない。
再生してしまう。
「諦めるのアイリ、あなたらしくない」
槍が眩く輝く。
限界を超える輝き。
アイリも叫ぶ。
「諦めるものか、行くぞ!」
「ええ!」
二人は同時に駆けた。
ヴァンパイアへ。
最後の総攻撃。
「響華獅光流――満月閃!!」
巨大な光の円環。
「鳳凰剣舞!!」
炎の残像が夜空を舞う。
二つの大技が重なった。
光と炎が紅い月を塗り潰す。
そして。
直撃。
轟音。
中庭全体が崩れそうな衝撃。
爆煙が空へ昇る。
静寂。
アイリとマイアは息を呑む。
そして。
初めて。
ヴァンパイアが膝をついていた。
「……!」
効いた。
確かに。
ヴァンパイアは口元から、黒い血を流している。
マイアの顔に歓喜が浮かぶ。
だが。
次の瞬間。
赤い月が脈動した。
ドクン。
まるで心臓の鼓動。
中庭全体が震える。
ヴァンパイアの身体に月光が降り注ぐ。
傷が塞がる。
砕けた肉体が再生する。
膝をついていた男が立ち上がった。
そして。
初めて怒りを見せた。
「――人間ごときが」
空気が変わる。
今まで遊んでいた。
だが今は違う。
本気だ。
闇が爆発する。
無数の黒い矢が出現した。
アイリを狙う。
その瞬間。
マイアが飛び出した。
「アイリ!!」
「なっ――」
光の壁を展開する。
だが間に合わない。
黒い矢が次々と、マイアへ突き刺さった。
胸。
肩。
脇腹。
鮮血が舞う。
「がっ……!」
マイアが崩れる。
アイリの目が見開かれた。
「マイアァァァ!!」
倒れながらもマイアは笑った。
震える唇で。
「あなたは……少女たちを……助けなさい……」
槍が手から落ちる。
光が消える。
絶望的な静寂。
ヴァンパイアが近づく。
「よく抗った」
その声は優しかった。
だからこそ恐ろしい。
「安心しろ」
「苦しみは終わる」
「お前たちも、救済してやろう」
次の瞬間、無数の黒い矢がアイリに放たれる。
アイリは炎の剣で受け止めた――だが。
「ぐっ――!!」
炎が砕け、剣が折れた。
黒矢の衝撃が胸を打ち抜き、アイリの身体が後方へと吹き飛ぶ。
「アイ…リ」
マイアが呟く。
闇が広がる。
アイリの身体を拘束する。
限界だった。
抵抗できない。
だが。
その時。
「ルミナス・レイ!」
澄んだ声が夜空を裂いた。
瞬間、青白い閃光が矢のように奔り、紅月に照らされた中庭をまばゆく照らす。
「なっ!」
ヴァンパイアは驚愕の声を漏らし、黒い霧となって弾けるように姿を消す。
閃光は石畳を抉り、地面を白く焼いた。
漂う霧の中に、三つの影が浮かび上がる。
炎のような赤髪を揺らす女魔術師、凛とした青髪の女僧侶、そして黄金の髪を持つ女戦士。
彼女たちは闇の中庭に毅然と立ち、残る光を背に受けていた。
「そうか……仲間がいたのか」
霧の中から、ヴァンパイアの声が低く響く。
その赤い瞳が細められ、不敵な笑みが浮かんだ。
アイリが息を呑む。
「……!」
マイアも驚きを隠せない。
「誰?」
アリシアは呪文を放った腕を下ろす。
そして。
「リアナ」
「はい」
リアナがヴァンパイアへ視線を向けた瞬間、空気が変わった。
「……かしこまりました」
静かな声。
怒鳴り声ではない。
だが。
その場の誰よりも冷たい声だった。
ヴァンパイアが後退る。
本能だった。
理由は分からない。
だが危険だ。
目の前の人間は危険だ。
数百年生きた吸血鬼の本能が、警鐘を鳴らしている。
「貴様……何者だ」
声が僅かに震えていた。
リアナは答える。
「太陽神レオリアに、仕える者です」
それだけだった。
だが。
ヴァンパイアの表情が凍りつく。
「まさか……」
一歩。
二歩。
後退る。
「陽光の……巫女……?」
アイリが目を見開いた。
初めて見る。
あのヴァンパイアが。
恐怖している。
リアナは両手を胸の前で組んだ。
静かに祈る。
すると。
空気が震え始めた。
赤い月の光が弱まる。
闇が揺らぐ。
棺が軋む。
城そのものが悲鳴を上げているようだった。
ヴァンパイアが叫ぶ。
「やめろ!!」
その叫びに、今までの余裕は一切ない。
「やめろおおおおおお!!」
影の槍。
黒雷。
呪詛。
ありとあらゆる魔術が放たれる。
だが、リアナの周囲へ届く前に。
全て消滅した。
まるで雪が、陽光に溶けるように。
「そんな……馬鹿な……」
ヴァンパイアの声が掠れる。
リアナが目を開いた。
青い瞳が輝く。
「偉大なる太陽神レオリアよ」
夜空が裂けた。
紅月の隣に、太陽が現れる。
それは召喚魔法ではない。
それは奇跡だった。
中庭が昼になる。
闇が消える。
影が消える。
棺の囁きが止まる。
ヴァンパイアが絶叫した。
「いやだ……!」
その声は。
初めて聞く。
純粋な恐怖だった。
「いやだァァァァァァ!!」
リアナが右手を掲げる。
「天陽召喚――裁きの光輪」
太陽が落ちた。
白金の光が世界を飲み込む。
絶叫。
悲鳴。
断末魔。
そして。
闇の王は、跡形もなく消滅した。
残ったのは。
灰だけだった。
アイリは呆然と立ち尽くす。
マイアも言葉を失う。
二人で命を懸けても届かなかった相手が、たった一つの奇跡で消えた。
リアナは静かに祈りを終える。
その姿は、まるで――
闇を滅ぼすためだけに、存在する聖なる光そのものだった。
つづく---
登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!
闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――
物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。
「このキャラの姿を見てみたい」
「戦闘シーンをもっと想像したい」
そんな方はぜひご覧ください。
▼pixivはこちら
https://www.pixiv.net/artworks/144606685




