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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第42話 亡者となった英雄たち

轟音が止んだ後も、広間にはなお炎が燻り、焦げた木材と焼けた毛皮の臭いが漂っていた。




継ぎ接ぎ少女との死闘を終えたアイリは、荒い呼吸を繰り返しながら、剣を支えに立っている。


マイアも肩の傷を押さえながら、周囲を警戒していた。




「……大丈夫?」




「問題ない」




そう答えながらも、アイリの額には汗が滲んでいる。




狼女の最後の言葉が、頭から離れない。




――お前たちは遅い。


――祝福は止まらぬ。




「急ごう」




アイリが顔を上げた。




「まだ終わっていない」




マイアも頷く。




二人は崩れた広間を後にし、さらに城の奥へと進んだ。


石造りの回廊は静まり返っていた。


足音だけが不気味に反響する。


燭台の火は弱々しく揺れ、壁に並ぶ肖像画の瞳が、二人を見つめているようだった。




ゴォン――




重い金属音が響いた。


まるで巨大な鐘を鳴らしたような音。




二人は同時に足を止める。




前方の闇が揺れた。


そして。


ゆっくりと姿を現した。




全身を重厚な鎧で覆った大男。


巨大な大剣を引きずっている。


顔は兜に隠れていた。




だが兜の隙間から、赤黒い光が漏れている。


生者の目ではない。




「アンデッド……?」




マイアが呟く。




大男は答えない。


ただ一歩。


また一歩。


こちらへ歩いてくる。




その背後から。


銀髪の女が現れた。


破れたローブ。


手には杖。


その瞳もまた、赤黒く染まっている。




さらに。


聖印を握った金髪の女。




そして。


梁の上には、二本の短剣を持つ小柄な影。




四人。




アイリの胸に、嫌な予感が走った。




「まさか……」




大男が大剣を構える。




その構えを見た瞬間。


マイアの顔色が変わった。




「そんな……」




ギルドで見た資料。


リアムから聞いた特徴。




巨大な剣。


銀髪の魔術師。


金髪の僧侶。


短剣使いの盗賊。


 


「ルーク……」




マイアの声が震えた。




「セレナ……」




銀髪の女が杖を持ち上げる。




「プラム……」


 


聖印を持つ女が、ゆっくり前へ出る。




「デリー……」


 


梁の上の影が、音もなく移動した。




沈黙。


誰も答えない。


答えられるはずがなかった。


彼らはすでに死んでいる。




「そんな……」




マイアの顔が青ざめた。




「生きていて、ほしかったのに……」




行方不明だった冒険者たち。


助けを待っているかもしれない。


そう願っていた。




だが現実は。


ヴァンパイアによって、死体を操られていた。




その時。




「グォオオオオオ!!」




ルークだったものが咆哮した。




大剣が振り下ろされる。




轟音。




アイリは咄嗟に受け止める。


腕が痺れる。




「くっ……!」




生前の力が、そのまま残っている。




いや。


アンデッド化によって、さらに強化されている。




直後。


セレナだったものが、杖を掲げた。




紫電。


雷撃が広間を走る。




マイアが槍で受け流す。




「っ!」




さらに。


プラムだったものが聖印を掲げた。




地面が割れる。


無数の骸骨の腕が、這い出した。




本来なら人を救うはずの聖なる力。


それが死者を操る闇へ変わっている。




「こんなの……」




マイアは悲痛な声を漏らした。




「酷すぎる……」




その瞬間。


背後。


殺気。


デリーだったものが現れる。




短剣が首を狙った。




ガキィン!!




アイリが割り込んで防ぐ。




その一瞬。


デリーの瞳が、揺れた気がした。


ほんの僅か。


苦しそうに。


助けを求めるように。




「……!」




アイリは息を呑む。




しかし次の瞬間。


瞳は再び赤黒く染まり。


デリーは無言で、跳び退いた。




「まだ……」




マイアが呟く。




「まだ、魂が残ってるの……?」




答える者はいない。




だが。


アイリにはわかった。




これは彼らの意思ではない。


死してなお。


ヴァンパイアに、利用され続けているのだ。




怒りが込み上げる。


少女たちを、さらっただけではない。




戦士の誇りも。


魔術師の知恵も。


僧侶の信仰も。


盗賊の人生も。




すべて、踏みにじった。




「許さない……」




アイリが低く呟く。




炎が剣を包む。




「お前たちは、被害者だ」




剣先を向ける。




「だからこそ――終わらせる」




アイリは剣を握り締めた。




「マイア」




「ええ」




二人は頷き合う。




悲しみを胸に押し込み。


かつて英雄だった者たちとの戦いに、身を投じた。


広間に響くのは、金属と金属がぶつかり合う轟音だった。




ルークの大剣が、まるで城門そのものを叩き潰すかのような重さで、振り下ろされる。


アイリは炎を纏った剣で、受け止めた。




「ぐっ……!」




膝が沈む。


床石に亀裂が走った。




生前ですら歴戦の戦士だった男。


それが死してなお、ヴァンパイアの呪いによって、強化されている。


大剣を押し返そうとしても、びくともしない。


まるで山を、相手にしているようだった。




「アイリ!」




マイアの叫びが響く。




その瞬間。


ルークの背後で、セレナが杖を掲げた。


虚ろな瞳。


その周囲に集まる魔力は、生前以上だった。




「雷よ」




低い呟き。


次の瞬間。




雷撃。


氷槍。


炎弾。




三属性の魔法陣が、同時に展開された。




「なっ……!?」




マイアの顔色が変わる。


普通の魔術師なら一つでも難しい。


だがセレナは、三つを同時に操っていた。




轟音と共に魔法が殺到する。




「響華獅光流――光壁!」




マイアが槍を地面へ突き立てた。


白い障壁が展開される。




雷が弾ける。


氷が砕ける。


炎が爆発する。




広間が激しく揺れた。


だが防ぎ切れない。


爆風が二人を吹き飛ばした。




「くっ……!」




アイリが転がりながら立ち上がる。




その足首を、何かが掴んだ。


冷たい感触。


見下ろす。


骸骨の腕だった。


床から何十本もの白骨の腕が、這い出している。




その中心には、プラムが立っていた。


聖印を胸に抱き。


まるで祈るように。




「主よ……仲間をお守りください……」




掠れた声。


その言葉に、マイアが息を呑んだ。




「そんな……」




生前の記憶が残っている。


仲間を守りたいという願いだけが。




だが祈りは、歪められていた。


救済の光ではなく。


死霊術となって。


無数の骸骨を生み出している。




「やめて……」




マイアは震えた。




「あなたは、そんなことをする人じゃない……!」




だがプラムは答えない。


虚ろな瞳のまま祈り続ける。




その時だった。


首筋に殺気。




「後ろ!」




アイリが叫ぶ。




マイアが反射的に振り向く。




火花。


デリーの短剣だった。




いつの間にか背後にいた。


いや。


最初からいたのだ。




影に溶け込み。


ずっと隙をうかがっていた。




「見えない……!」




再び姿が消える。




右。


違う。




左。


違う。




次の瞬間には背後。


デリーの短剣が頬を掠めた。




血が飛ぶ。




「このままじゃ押し切られる!」




マイアが叫ぶ。




アイリも理解していた。




ルークが前衛。


セレナが火力。


プラムが支援。


デリーが暗殺。




完璧な連携だった。


生前より恐ろしい。




「これが……オーガランク冒険者……!」




ギルドで聞いた話が脳裏を過る。


戻らなかった四人。


消えたのではない。


ここで戦い。


ここで敗れたのだ。




アイリは歯を食いしばる。




「こんな終わり方……あんたたちだって、望んでなかっただろ!」




ルークは答えない。


セレナも答えない。


プラムも。


デリーも。




ただヴァンパイアの呪いに、操られている。




「だったら――」




アイリは、剣を握り締めた。




炎が膨れ上がる。


朱雀の力。


命総天昇剣。


広間の温度が一気に上昇した。




ルークが大剣を構える。


セレナが魔法陣を展開する。


プラムが祈る。


デリーが姿を消す。




四人同時。


最後の猛攻。




「来い!!」




アイリが叫ぶ。




炎が爆発した。




「鳳凰剣舞!!」




紅蓮の軌跡が、広間を駆ける。




一閃。


ルークの鎧が裂ける。




二閃。


セレナの魔法陣が砕け散る。




三閃。


プラムの聖印が真っ二つになる。




四閃。


影に潜んだデリーの胸を貫いた。




だが。


まだ倒れない。


死者たちはなお立ち上がる。


赤黒い光が身体を支えている。




「マイア!」




「任せて!」




マイアの槍が輝く。




今までで最も強い光。


まるで月そのものだった。




「響華獅光流――満月閃!!」




白銀の光が広間を埋め尽くす。


闇が焼かれる。


赤黒い呪いが悲鳴を上げる。




そして。




ルークの瞳から赤い光が消えた。


大剣が床へ落ちる。


ゆっくりと膝をついた。


その顔は。


初めて穏やかだった。




セレナもまた崩れ落ちる。


最後の瞬間。


かすかに微笑んだように見えた。




プラムは胸の前で手を組む。


まるで本来の祈りを捧げるように。


静かに消えていく。




デリーは小さく肩を竦めた。


「やれやれ」


そんな表情だった。


そして光の中へ溶ける。




広間に静寂が戻った。


誰も立っていない。


残るのは四人の亡骸だけ。




アイリは剣を下ろした。


胸が苦しい。


勝ったはずなのに。


少しも嬉しくなかった。




「……ごめん」




掠れた声が漏れる。




「助けられなくて」




マイアも槍を下ろした。


瞳には涙が滲んでいる。




二人はしばらく黙祷を捧げた。




アイリは剣を握り直した。




「行こう」




マイアも頷く。




「ええ」




四人の冒険者の亡骸を背に。


二人は広間の奥へと続く闇の回廊へ、足を踏み入れた。


ヴァンパイアが待つ最深部へ向かって。





つづく---




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