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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第38話 闇の咆哮城

ミッドハーストの冒険者ギルドは、昼下がりの喧騒に包まれていた。




酒の匂い。


革鎧の軋む音。


依頼の成功を祝う笑い声。




しかしその一角だけは、重苦しい空気が漂っていた。


アイリとマイアの前に座る魔術師が、申し訳なさそうに首を振る。




「悪いが断る」




それで何人目だったか。


二人は朝から十人以上の冒険者に、声を掛けていた。


しかし結果は同じ。


誰も依頼を受けようとしない。




「ヴァンパイアの古城だぞ」




老魔術師は、顔をしかめた。




「オーガランクの連中が消えた場所だ。命が惜しい」




そう言い残し、立ち去っていく。




マイアは深く息を吐いた。




「全滅ね……」




アイリも苦々しく頷く。


隣ではリアムが肩を落としていた。




「実は……」




リアムが小さく口を開く。




「昨夜も一人、少女が消えました」




アイリの目が細くなる。




「またか」




「はい」




リアムは唇を噛んだ。




「町の人間も限界です。次は自分の娘かもしれないと、みんな怯えています」




重い沈黙が落ちた。




その時だった。


外から悲鳴が響いた。




「きゃあああああっ!!」




酒場の空気が凍る。


椅子を蹴る音。


数人の冒険者が立ち上がった。




アイリも反射的に立ち上がる。




「誘拐だ!」




誰かが叫ぶ。


悲鳴はまだ続いている。




アイリは剣へ手を伸ばした。




「待ちなさい」




マイアが腕を掴む。




「罠かもしれない」




「罠でも関係ない」




アイリは振り返らない。




「子供がさらわれている」




マイアが舌打ちした。


予想通りだった。


こうなったアイリは止まらない。




「私も行く」




二人は同時に駆け出した。




ギルドの扉が勢いよく開かれる。


冷たい風が吹き込む。




通りの先。


石畳の上を巨大な影が走っていた。




肩に少女を担いでいる。


灰色の毛皮。


鋭い牙。


黄色い瞳。


ワーウルフ(狼男)だった。




少女が必死に叫ぶ。




「助けて!」




「貴様ァ!!」




アイリは地面を蹴った。


尋常ではない速度で、距離を詰める。




ワーウルフが振り返る。


獣の口元が歪んだ。


笑ったように見えた。




次の瞬間。


巨大な腕が振るわれる。




轟音。


石壁が砕け散った。


大量の瓦礫が宙を舞う。




アイリは咄嗟に飛び退く。




「なっ……」




普通じゃない。


明らかに異常だった。


マイアも顔色を変える。




「これ、ただのワーウルフじゃない!」




ワーウルフは少女を担いだまま、森へ飛び込んだ。




アイリは追う。


マイアも続く。




木々が密集する森の奥。


霧が濃くなっていく。




やがて。


それは現れた。




巨大な古城。


黒い石壁。


天を突く尖塔。


まるで山そのものが、城になったかのような威圧感。




アイリは思わず息を呑んだ。




「これが……」




闇の咆哮城。


霧に覆われたノクターン城の巨大な門が、二人の前にそびえ立っていた。


黒い尖塔は曇天を貫き、城壁は長い年月を経た闇をまとっている。




まるで生き物のようだった。


侵入者を見下ろし、飲み込もうとしているかのように。




アイリとマイアの顔には、焦りが浮かんでいた。


少女たちがさらわれてから、すでにかなりの時間が経過している。


一刻の猶予もない。




「……このまま二人で、入るしかないわね」




マイアが低く呟いた。




本来なら仲間を集めるつもりだった。


だが誰も協力しなかった。




オーガランク冒険者四人が消えた城。


その事実だけで、熟練の冒険者たちですら恐怖したのだ。




アイリは城門を見上げたまま答える。




「少女たちを、見捨てることはできない」




「ええ」




マイアも頷く。




「もし私がその子たちなら、一秒でも早く助けてほしい」




二人は顔を見合わせた。


そして静かに決意を固める。


アイリが剣の柄を握った。




「行くぞ」




重厚な鉄門に手をかける。




ギィィィ……




耳障りな音を立てながら門が開いた。


鍵は掛かっていない。


まるで待っていたかのように。


その事実が二人の背筋を、冷たく撫でた。




城内へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


冷たい。


湿っている。




石壁には黒ずんだ染みが広がり、赤黒い絨毯には無数の汚れがこびりついていた。


血だ。


古いものも、新しいものも混じっている。




マイアが顔をしかめる。




「ひどい臭い……」




腐臭。


血。


獣臭。


そして何か別の匂い。


死の匂いだった。




アイリの視線が床を捉える。


そこには小さな靴が落ちていた。


片方だけ。


泥と血で汚れている。


子供のものだ。




二人の顔が険しくなる。




「急ぐぞ!」




アイリが駆け出す。


マイアも後に続く。




しかし――




「グルルルルル……!」




闇の中で、無数の瞳が開いた。


黄色く濁った獣の目。


一つ。


二つ。


三つ。


いや、それ以上。




次の瞬間。


影が飛び出した。


ワーウルフだ。




先頭の一体がアイリへ飛び掛かる。


鋭い爪が唸りを上げた。


アイリは即座に剣を抜く。




ガギィン!!




火花が散る。


凄まじい衝撃。




だが止まらない。


左右からさらに数体。


完全な包囲だった。




「数が多い!」




マイアが叫ぶ。


槍を回転させながら前へ出る。




「光華貫!」




青白い閃光。


槍が一直線に突き抜ける。


ワーウルフの胸を貫いた。


しかし群れは止まらない。




アイリの剣が紅蓮を纏う。




「火炎斬!」




炎の斬撃が広間を薙ぎ払う。


二体が吹き飛び、毛皮が燃え上がった。


断末魔が響く。




ワーウルフたちの亡骸を背に、アイリとマイアは赤黒い絨毯の敷かれた廊下を進んでいた。




城内は異様な静けさに包まれている。


石壁には古びた肖像画が並び、そのどれもが青白い肌と血のような紅い瞳を持つ貴族たちを描いていた。


燭台の炎は、風もないのに揺れている。


まるで生き物のように。




「……嫌な場所ね」




マイアが槍を握り直した。




「城全体が、息をしているみたいだ」




アイリも同意した。




この城には、何かがいる。


それも、人間とは根本的に異なる何かが。




アイリが歩みを速める。


それをマイアが制した。




「待って」




「どうした?」




「誘導されてる」




マイアの表情が険しい。




「ここまで罠が一つもないなんて、不自然すぎる」




アイリもすぐに理解した。


確かにそうだ。




ヴァンパイアが支配する城なら、侵入者への備えがあって当然だった。


それなのに。


あまりにも進みやすい。


まるで――


来ることを前提にしていたように。




二人は足を止める。


マイアは槍の石突を床に軽く当てた。


カツン。


静まり返った廊下に、小さな音が吸い込まれていく。




その時だった。


どこか遠く。


城のさらに奥から――かすかな音が流れてきた。




「……」




アイリが顔を上げる。




泣き声。


そう聞こえた。




だが、本当にそうだろうか。


この不気味な城に足を踏み入れてから、まともなものなど一つも見ていない。


魔物の誘いかもしれない。


罠かもしれない。




それでも。




「聞こえた?」




マイアが小声で尋ねる。




アイリは頷いた。




「ああ。少女の声に聞こえた」




二人は視線を交わし、そのまま音のした方向へ進む。


廊下の両脇には扉が並んでいた。




一つ開ける。


崩れた食堂。




次。


埃まみれの客間。




さらに次。


朽ちた寝台が転がるだけの寝室。




どこにも人影はない。




荒れ果てた部屋ばかりが続く。




「……くそ」




アイリが舌打ちする。


焦りが胸を焼く。




少女が生きている保証などどこにもない。


焦ったところで状況は変わらない。


罠を踏めば終わりだ。


呼吸を整え、一歩ずつ進む。




その時。


廊下の最奥。




ひときわ重厚な扉が現れた。


他の部屋とは違う。


黒い木材で作られた巨大な扉。


そして――隙間から微かな光が漏れている。




マイアの表情が引き締まった。


槍を構える。




アイリも無言で剣を抜いた。


金属音が静寂を裂く。




マイアが目で合図する。




アイリは頷いた。




「行くぞ」




ゆっくりと扉を押し開く。


重い音が響いた。




ギギギ……




開いた先には、広い部屋があった。




そして。


部屋の中央に、一人の女が立っていた。




長い黒褐色の髪。


痩せた身体。


人間の女に見えたのは、一瞬だけだった。


琥珀色の瞳が、獣のように光る。


口元から覗く鋭い牙。


指先には刃のような爪。


背筋をわずかに丸めたその姿は、人でも獣でもない。




狼女だった。





つづく…




登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!


闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――


物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。


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そんな方はぜひご覧ください。



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