第37話 黒幕…それは吸血鬼?
薄曇りの空の下。
ミッドハーストの広場には、一枚の張り紙が風に揺れていた。
そこに書かれているのは、六人の少女たちの名前。
失踪者一覧。
毎日のように増えていくその紙を見て、人々は目を伏せて通り過ぎる。
誰もが知っていた。
犯人は――ワーウルフだ。
誰も止められない。
少女たちは夜になると姿を消し、二度と戻ってこなかった。
そして今では、捜索へ向かったオーガランク冒険者四名までもが、消息を絶っている。
ミッドハーストは、恐怖に包まれていた。
その中心にいるのが、市長アラン・グレイストンの使者――リアムだった。
彼女は疲れ切った顔で、街道を歩いている。
すでに何人もの冒険者へ、依頼を持ちかけた。
だが結果は同じだった。
誰も引き受けようとはしない。
理由は明白だった。
二週間前。
少女失踪事件を追っていた、オーガランク冒険者四人組が向かったのは、ミッドハースト北東の深い森に眠る廃城――
『闇の咆哮城』
ワーウルフの足跡が、その古城へ続いていたという。
無理もない。
オーガランクが、四人まとめて消えたのだ。
それは熟練冒険者にとっても、死地を意味する。
それでも諦めるわけには、いかなかった。
まだ少女たちは、生きているかもしれない。
その希望を胸にリアムは、辺境都市フェンリットへ辿り着いた。
目的はただ一つ。
二人の冒険者を探すことだった。
フェンリット。
冒険者御用達の酒場。
『酔いどれグリフィン亭』
夕暮れ時の店内は、いつものように賑わっていた。
酒瓶が、ぶつかり合う音。
笑い声。
吟遊詩人の歌声。
そんな喧騒の中でも、ひときわ目立つ二人組がいた。
一人は赤髪の剣士。
アイリ。
静かに麦酒を飲みながらも、その鋭い視線は周囲を観察している。
腰には愛剣。
背筋は真っ直ぐ。
隙がない。
その隣には、長い黒髪の槍使い。
マイア。
彼女は吟遊詩人の歌に合わせて、軽く身体を揺らしていた。
明るく人懐っこい笑顔。
しかし壁に立て掛けられた槍は、歴戦の証だった。
二人は今やフェンリットで、知らぬ者のいない存在になっていた。
たった二人で、盗賊団デススネークを壊滅させた英雄。
そして最年少クラスのグリフォンランク冒険者。
リアムは深呼吸した。
最後の希望だった。
彼女は二人のテーブルへ歩み寄る。
「失礼します」
アイリが顔を上げる。
鋭い視線。
一瞬で値踏みされているような感覚に、リアムは思わず背筋を伸ばした。
「何だ?」
低い声。
リアムは慌てて頭を下げる。
「アイリ様とマイア様で、お間違いありませんか?」
マイアが微笑む。
「ええ、そうですけど?」
リアムは胸元から、一通の封書を取り出した。
ミッドハースト市長の印章が押されている。
「私はミッドハースト市長アラン・グレイストンの使者、リアムと申します」
「お二人に依頼を、お願いしたく参りました」
アイリは無言。
マイアが続きを促す。
「話を聞きましょう」
リアムは頷いた。
そして少女失踪事件について、語り始める。
一人。
また一人。
消えていった少女たち。
ワーウルフの目撃情報。
古城の存在。
救出へ向かったオーガランク冒険者四人の失踪。
店内の喧騒が遠く感じられるほど、話は重かった。
マイアの表情が徐々に曇っていく。
エミリー。
リリアン。
ソフィア。
ハナ。
クレア。
セシリア。
少女一人ひとりの名前が、酒場の空気に沈んでいく。
アイリは何も言わなかった。
だが、彼女の握った拳が、ゆっくりと固くなる。
九歳。
十歳。
十一歳。
まだ親に甘えていてもいい年齢だ。
それなのに、ワーウルフにさらわれ、行方知れずになっている。
やがてリアムの話が終わった。
酒場の喧騒が遠く感じられる。
アイリは静かに顔を上げた。
その瞳には冷たい炎が宿っていた。
「許せないな」
低い声だった。
その一言だけで、空気が張り詰める。
「依頼を受けよう」
リアムの顔が明るくなる。
しかし、その瞬間。
「待って」
隣のマイアが口を開いた。
アイリが視線を向ける。
マイアの表情は、珍しく険しかった。
「今回の依頼、普通じゃない」
「何がだ?」
「オーガランク四人が、帰ってこない」
マイアは静かに言った。
「それだけで異常よ」
リアムが息を呑む。
アイリは腕を組んだ。
「ワーウルフの群れが、いたんだろう」
「それだけなら、説明がつかない」
マイアは即座に否定した。
「ルークは、オーガを単独で倒せる戦士よ」
「セレナは、王都魔術院出身の高位魔術師」
「デリーは、一流の斥候」
「プラムには、聖属性魔法がある」
マイアは真っ直ぐアイリを見る。
「そんな連中が、四人まとめて消える?」
アイリは沈黙した。
確かにおかしい。
ワーウルフ程度なら、むしろ狩られる側だ。
マイアが続ける。
「ワーウルフの背後に、何かいる」
「何?!」
「ワーウルフを使っている何か…」
酒場の空気が、少し冷えた気がした。
「上位の存在?」
アイリが尋ねる。
マイアは頷く。
「吸血鬼」
リアムが青ざめた。
周囲の冒険者たちも、思わず視線を向ける。
吸血鬼。
その名は辺境ですら恐れられている。
古い伝承に登場する闇の支配者。
「もちろん確証はない」
マイアは冷静に言う。
「でも可能性は高い」
「少女ばかりをさらう」
「ワーウルフを従える」
「オーガランクが消える」
「全部つながるわ」
アイリは黙って聞いていた。
怒りは消えていない。
だが、熱くなっていた頭は冷えていた。
敵は想像以上に、危険かもしれない。
マイアは真剣な顔で言った。
「だから反対なの」
「私たち二人だけで、行くべきじゃない」
アイリは少し考えた。
そして静かに答えた。
「それでも行く」
マイアが眉をひそめる。
「アイリ――」
「見捨てられない」
アイリの声は静かだった。
決して揺らがない。
「九歳の子までいるんだ、誰かが行かなきゃならない」
その言葉に、マイアは返せなかった。
アイリは続ける。
「それに私には、強くならなきゃいけない理由がある」
その瞳の奥に、一瞬だけ暗い影がよぎる。
マイアはその意味を知っていた。
朱雀の継承。
アイリが背負う過酷な宿命。
だからこそ無茶をする。
だからこそ危うい。
マイアは大きく息を吐いた。
そして諦めたように肩をすくめる。
「本当に頑固なんだから」
アイリの口元が少しだけ緩む。
「付き合ってくれるのか?」
「条件付きよ」
マイアは指を一本立てた。
「無理はしない」
「勝手な行動は禁止」
「戦闘では私の判断を優先」
「それから――」
マイアはリアムを見た。
「私たちだけでは行かない、仲間を集める」
リアムの表情に希望が戻る。
アイリも小さく頷いた。
確かにその方がいい。
相手が本当に吸血鬼なら、戦力は多いほどいい。
マイアは椅子から立ち上がった。
「依頼は受けるわ」
リアムが深く頭を下げる。
「ありがとうございます!」
マイアは静かに言った。
「ただし、勘違いしないで。これは討伐依頼じゃない」
リアムが顔を上げる。
「え?」
マイアの瞳が、真っ直ぐ前を向く。
「まずは、少女たちの救出よ」
アイリも立ち上がった。
そして力強く言い切った。
「必ず連れて帰る」
酒場の空気が変わった。
絶望しかなかった依頼に、初めて希望が灯った瞬間だった。
つづく…
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