表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/52

第36話 災厄の名はリリム

アリシア、リアナ、マリーの三人は支部長室へと通された。


重厚な扉が閉まる。




――ドン。




低い音が部屋に響いた。




アリシアは静かに室内を見回した。


そこは支部の中でも、最も被害が少ない場所のはずだった。


だが、その部屋ですら無傷ではない。




壁には深い亀裂が走り、天井近くには黒く焦げた跡が残されている。


床石の一部は砕け、巨大な力がぶつかったような痕跡が残っていた。


部屋の隅には壊れた棚が積み上げられ、回収された書類が雑然と置かれている。




そして何より――


空気が重かった。




戦いの残滓が、まだ消えていない。


まるでこの部屋そのものが、何かを隠そうとしているようだった。




その中央。


大きな執務机の前に、一人の男が立っていた。




四十代半ばほど。


整えられた黒髪。


鋭い青い瞳。


黒を基調とした長いコートには、銀糸の刺繍が施され、胸元には暁の剣の紋章を象った銀のバッジが輝いている。




洗練された身なり。


隙のない立ち姿。




(強い)




剣士としてではない。


権力者としての強さ。


相手を観察し、情報を引き出し、自分は決して本心を見せない種類の人間だった。




男は静かに一礼した。




「はじめまして」




落ち着いた低い声。




「暁の剣南支部、支部長代理を務めております。ガイアス・エルヴェインです」




アリシアたちも軽く頭を下げる。




ガイアスはソファを示した。




「どうぞ、お掛けください」




三人は腰を下ろした。


ガイアスも正面の一人掛けソファへ座る。




しばし沈黙。


互いに相手を観察していた。




先に口を開いたのは、ガイアスだった。




「まずは謝罪を」




彼は穏やかな笑みを浮かべる。




「せっかくお越しいただいたにも関わらず、現在の南支部は壊滅状態です」


「雇用の件についても、残念ながら進めることができません」


「体制が整い次第、改めて検討させていただきます」




丁寧な言葉。


だが。


アリシアは違和感を覚えた。




まるで最初から話を終わらせようとしている。


まるで――


これ以上質問をさせたくないように。




「壊滅状態、ですか」




アリシアが静かに言った。




「何が、あったのです?」




ガイアスは即答した。




「現在調査中です」




アリシアは心を読む魔法を発動した。


意識を集中する。


相手の表層意識へ触れる。


すると――


声が聞こえた。




(調査中ではない)


(原因はわかっている)




アリシアの瞳が僅かに細くなる。


だが表情は変えない。




(やはり嘘)




ガイアスは続けた。




「ある日突然、支部員たちが姿を消しました」


「支部長のライザックも、行方不明です」




リアナが息を呑んだ。




「全員……?」




「はい」




ガイアスは頷く。




「生死も不明です」




アリシアは、さらに問いかける。




「最後にライザック支部長と会ったのは、誰ですか?」




一瞬。


ガイアスの目が動いた。


ほんの一瞬だった。


アリシアは見逃さない。




「私です」




「最後の報告を受けたのも、私になります」




(面倒な女だな)




再び心の声が聞こえる。




(どこまで気付いている)




アリシアは確信した。


ガイアスは、何かを知っている。




「最後の報告とは?」




「通常業務です」




即答。


だが。




(リリムの件は話すな)




心の声が漏れる。


アリシアの鼓動が跳ねた。




リリム。


間違いない。


妹の名前だ。




だが今、ここで反応してはいけない。


アリシアは冷静を装う。




「なるほど」




隣ではマリーが、室内を見回していた。


そして床の亀裂を指差す。




「妙ですね」




ガイアスが視線を向ける。




「何がです?」




「戦闘跡です」




マリーは壁を見上げた。




「かなりの実力者同士が、戦ったように見えます」


「行方不明事件にしては、派手すぎませんか?」




沈黙。




ガイアスの笑みが僅かに固まる。




リアナも続けた。




「それに残留魔力が、あります」


「普通の戦闘ではありません」


「闇属性に近い反応です」




ガイアスの指先が、僅かに動いた。


アリシアは、その変化を見逃さなかった。




(余計なことを)




心の声。




(陽光の巫女か)




追い詰められ始めている。




アリシアはさらに踏み込んだ。




「支部員全員が消えた」


「支部長も消えた」


「建物は半壊した」


「それほどの事件なのに、なぜ公表されていないのです?」




ガイアスの笑みが消えた。


部屋の空気が変わる。




「混乱を避けるためです」


「確証のない情報を流せば、市民が不安になります」




模範解答。


だが心の中では。




(これ以上聞かせるな)


(早く帰らせろ)




焦りが見え始めていた。




アリシアは確信する。


リリムはここにいた。


そしてガイアスは、それを知っている。


だが今は証拠がない。


無理に追及すれば、警戒されるだけだ。




ガイアスが立ち上がった。




「申し訳ありません。本日はお引き取り、いただけますでしょうか」




丁寧な口調。


しかし実質的な退去命令だった。




アリシアも立ち上がる。




「……わかりました」




ガイアスは安堵したように見えた。




(帰ったら監視を付けよう)


(この女は危険だ)




アリシアは心の声を聞きながら微笑んだ。




(やっぱりね)




三人は支部長室を後にする。


廊下を歩く。


誰も口を開かない。


そして出口へ向かう途中。


アリシアが突然足を止めた。




「アリシア様?」




リアナが振り返る。




アリシアは壁の一点を見つめていた。


崩れた石壁。


誰も気に留めない場所。


だがその奥から。


微かに。


本当に微かに、魔力を感じた。


闇。


絶望。




そして――


リリム。




アリシアの瞳が、大きく見開かれる。




(間違いない)




胸が高鳴る。




(リリムは、ここにいた)




そして。




(まだ何かが、残っている)




アリシアは静かに拳を握った。


妹の手掛かりは、確実に得られつつあった。




夕暮れの空は、燃えるような橙色から、深い紫へと移り変わりつつあった。


暁の剣南支部を後にしたアリシアたちは、街道脇の森を抜ける道を無言で歩いていた。


背後には、壊滅した支部の黒い影がまだ見える。




風が吹く。


冷たい。


だがそれ以上に、アリシアの胸の中は冷え切っていた。




誰も口を開かない。


リアナも。


マリーも。


支部で得た情報が重すぎた。




やがてリアナが、遠慮がちに口を開く。




「アリシア様……」




アリシアは反応しない。


視線は前を向いたままだ。




「大丈夫ですか?」




その言葉に、アリシアの足がわずかに止まった。


だが返事はない。


代わりにマリーが一歩前へ出る。




「アリシア」




真剣な声だった。




「何か、わかったんだろ?」




沈黙。




風が木々を揺らす。


葉擦れの音だけが響いた。




アリシアはゆっくり目を閉じる。


そして小さく息を吐いた。




「……ガイアスの心を読んだわ」




リアナとマリーが顔を上げる。


アリシアの声は静かだった。


だが、その奥に張り詰めたものがあった。




「調査中という話は、嘘よ」




二人の表情が変わる。


アリシアは続けた。




「何が起きたのか、彼は知っている」




拳が震えていた。


本人すら気付いていないほど僅かに。




「私は見たの」




アリシアの脳裏に、ガイアスの記憶の断片が蘇る。




血。


悲鳴。


崩れ落ちる廊下。


剣を抜く兵士たち。




そして――


黒い魔力。


無数の死体。


立ち上がる亡者たち。


その中心に立つ、一人の少女。




アリシアは唇を噛んだ。




「南支部は襲撃された」




声が少し掠れる。




「たった一人の少女に」




マリーが目を見開いた。




「……一人だと?」




アリシアは頷く。




「兵士たちは、次々に殺された」




ガイアスの記憶が、再び脳裏をよぎる。




倒れる騎士。


血に染まる床。


死体に宿る黒い光。


そして再び立ち上がる亡者。




仲間だった者たちが、仲間を襲う。


地獄だった。




「死人操作……」




アリシアは呟く。




「殺された者たちは操られ、さらに兵士たちを襲った」




リアナの顔から、血の気が引く。




「そんな……南支部には、百人以上の戦士がいたはずです」




「ええ」




アリシアは苦しそうに頷く。




「それでも、止められなかった」




マリーが、思わず立ち止まった。




「馬鹿な……」




彼女は戦士だ。


だからわかる。


暁の剣南支部は、決して弱い組織ではない。


そこを一人で壊滅させるなど、常識では考えられない。




「支部長のライザックも、討たれた」




アリシアの声が震える。




「最後まで戦ったけれど……負けた」




再び沈黙。


重い沈黙だった。




リアナが恐る恐る尋ねる。




「その少女って、まさか……」




アリシアは答えない。


答えたくなかった。


違うと言いたかった。


勘違いであってほしかった。




だが。


ガイアスの記憶の中で。


その少女の顔だけは、はっきり見えてしまった。


忘れようがない。


幼い頃からずっと見てきた顔だった。




アリシアは目を閉じる。


胸が痛い。


苦しい。


だが言わなければならない。




「……リリムよ」




声が震えた。




リアナが息を呑む。




マリーも言葉を失った。




風だけが吹いている。


誰も何も言えない。




アリシアは俯いた。


脳裏に浮かぶのは、幼い頃のリリムだった。


笑っていた妹。


泣いていた妹。


姉を慕ってくれた妹。




だが、ガイアスの記憶の中にいた少女は違う。




血の海の中に立ち。


亡者を従え。


南支部を滅ぼした存在だった。




「そんな……」




リアナが呟く。




「本当に、リリムさんが……」




アリシアは答えない。


答えられなかった。




代わりにマリーが低く言う。




「ライザックを、倒したというのか」




その声には驚愕が滲んでいた。




ライザック。


暁の剣南支部長。


王国でも名の知れた強者だ。




その男が敗れた。


一人の少女に。




アリシアは小さく頷く。




「ガイアスは、リリムの名前を知っていた」




その言葉に、二人が顔を上げる。




「知っていた?」




「ええ」




アリシアの目が細くなる。




「なのに隠した」




「なぜ……?」




リアナが呟く。




「わからない」




アリシアは首を振った。




「でも、何かを隠している」




ガイアスの冷静すぎる態度。


嘘の説明。


そしてリリムという名前への反応。


偶然ではない。


必ず何かある。




夕陽が地平線へ沈み始める。


長い影が街道へ伸びた。




アリシアは空を見上げた。


胸の奥が締め付けられる。




(リリム……)




妹を見つければ救える。


そう思っていた。


だが違った。




南支部の惨状を知った今。


もう目を背けることはできない。


リリムは災厄になりつつある。


このまま放置すれば、さらに多くの人が死ぬ。




アリシアは、拳を強く握り締めた。


爪が掌に食い込む。


痛みすら感じなかった。




(お願い……)




心の中で呟く。




(もう誰も、傷つけないで)




だが返事はない。


沈みゆく夕陽だけが、静かに世界を赤く染めていた。




アリシアは知ってしまった。


これは妹を探す旅ではない。


妹を止めるための旅なのだと。




そしてその事実は、夕闇よりも深く彼女の心に、影を落としていた。





つづく…




(次回、黒幕…それは吸血鬼?)




登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!

闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――

物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。

「このキャラの姿を見てみたい」

「戦闘シーンをもっと想像したい」

そんな方はぜひご覧ください。



▼pixivはこちら

https://www.pixiv.net/artworks/144606685

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ