第31話 戦鎚の怪物
戦鎚の先端が床に触れ、鈍い音が部屋中に響いた。
マイアの目が細くなる。
(……冗談じゃないわね)
まともに受ければ終わる。
一撃。
それだけで身体が砕ける。
男は唇を歪めた。
牙のような歯が覗く。
「二人を倒すとはな」
低く、腹に響く声。
「褒めてやるよ」
その時だった。
ゴゴォッ!!
風圧。
空気が唸る。
「マイア!!」
アイリの声。
振り返る。
目の前。
戦鎚。
クラッシャーが、もういた。
(速――!?)
巨体とは思えない速い踏み込み。
マイアは咄嗟に槍で受ける。
だが。
重い。
重すぎる。
「っ……!」
受けきれない。
次の瞬間。
轟音。
身体が宙を舞った。
壁。
激突。
石が砕ける。
肺から空気が抜けた。
「がっ……!」
床へ転がる。
息ができない。
視界が揺れる。
遠く。
クラッシャーが笑っていた。
「槍女は終わりか?」
戦鎚を肩に担ぐ。
その視線が、ゆっくりアイリへ向く。
「次はお前だ」
アイリの目が細くなる。
倒れたマイアを見る。
そして。
静かに剣を握り直した。
空気が変わる。
部屋の温度が、一瞬で下がったようだった。
部屋の空気が変わった。
マイアは壁にもたれながら、小さく息を呑む。
アイリが、静かすぎた。
怒鳴らない。
焦らない。
ただ。
剣を握る手だけが、わずかに強くなる。
「……マイア」
低い声。
「立てるか」
「平気……とは言えないけど」
肋骨が軋む。
息を吸うだけで痛い。
だが、戦えないほどではない。
クラッシャーが鼻で笑う。
「随分余裕だな」
戦鎚を肩へ担ぐ。
「仲間が潰されてんのに」
床を踏み込む。
――ドン!!
石床が割れた。
次の瞬間。
巨体が、消えた。
(速い――!)
マイアの目が見開かれる。
振り下ろされる戦鎚。
狙いはアイリ。
轟音。
だが。
床だけが砕けた。
アイリはいない。
「……ほう?」
ゴードンの目が細くなる。
横。
剣閃。
キィン!!
火花。
戦鎚の柄で受け止める。
重い衝撃。
だがゴードンは笑った。
「悪くねぇ」
そのまま肘打ち。
アイリが後退。
距離が開く。
だが追う。
クラッシャーの巨体が突進する。
壁が震える。
戦鎚が横薙ぎに振られた。
避ければ壁。
受ければ骨が砕ける。
アイリは低く沈む。
ギリギリで懐へ。
剣が走る。
脇腹。
血飛沫。
「っ!」
初めて。
ゴードンの顔が歪んだ。
だが止まらない。
膝蹴り。
アイリが腕で受ける。
重い。
数歩押される。
床が軋む。
(強い)
アイリは思う。
単純な力ではない。
経験。
間合い。
殺し慣れている。
歴戦の男だった。
「どうした?」
ゴードンが笑う。
血を流しながら。
「こんなもんか?」
戦鎚が唸る。
連撃。
縦。
横。
叩き潰すような暴力。
アイリは避け続ける。
床が割れる。
石が飛ぶ。
部屋が壊れていく。
「逃げてばっかじゃ、勝てねぇぞ!」
ゴードンが笑う。
その時。
後方。
マイアが立ち上がった。
(動きが見えた)
少しだけ。
ゴードンには癖がある。
右から振る時。
一瞬だけ重心が流れる。
そこ。
槍を握る。
「アイリ!」
叫ぶ。
「右足!」
一瞬。
アイリの目が動いた。
理解。
踏み込み。
わざと距離を詰める。
「死ねぇ!!」
ゴードンが戦鎚を振り下ろす。
巨大な一撃。
だが。
空振り。
アイリが潜る。
そして。
足元へ斬撃。
ゴードンの膝裏が裂けた。
「ぐっ!?」
巨体が崩れる。
その瞬間。
マイアが動く。
槍。
一閃。
肩を貫く。
「がぁっ!!」
初めて。
ゴードンの顔から余裕が消えた。
次の瞬間。
笑った。
「いい連携だ」
血を吐く。
それでも立つ。
怪物だった。
戦鎚を構える。
「だが、まだだ」
空気が重くなる。
マイアが息を呑む。
(まだ戦えるの……!?)
アイリも剣を握り直す。
その時。
ゴードンが低く笑った。
「……お前」
視線がアイリへ向く。
「ようやく、本気か?」
沈黙。
アイリは答えない。
ただ。
剣先が、ゆっくり下がる。
呼吸。
一度。
静かに吐く。
世界が止まる。
マイアの背筋に、寒気が走った。
(……来る)
次の瞬間。
アイリが消えた。
いや。
見えなかった。
「なっ――!」
ゴードンが反応する。
戦鎚を振る。
脇腹。
斬撃。
振り向く。
背中。
血飛沫。
防ぐ。
間に合わない。
肩。
脚。
次々に裂ける。
「ぐぁっ!!」
速い。
速すぎる。
だが。
ゴードンも、ただの獣ではない。
勘。
経験。
殺気。
それだけで反応する。
戦鎚を振り回す。
轟音。
アイリが初めて止まった。
その瞬間。
ゴードンの拳。
カウンター。
直撃。
アイリが吹き飛ぶ。
「アイリ!」
マイアが叫ぶ。
だが。
アイリは着地した。
滑る。
止まる。
口元の血を拭う。
「……強いな」
初めてだった。
アイリが。
敵を認めた。
ゴードンが笑う。
血だらけで。
「そう簡単にやられるかよ」
だが。
息が荒い。
限界は近い。
アイリが一歩。
前へ。
「終わらせる」
低い声。
次の瞬間。
再び。
消えた。
斬撃。
膝。
肩。
戦鎚が落ちる。
喉元。
剣先。
静止。
「動くな」
ゴードンの身体が止まる。
汗。
呼吸。
震え。
初めて。
恐怖が顔に出た。
「ま、待て……」
声が震える。
「命だけは――」
マイアが叫ぶ。
「アイリ! 捕縛――!」
依頼。
一瞬。
「生まれたばかりの孫が、いるんだ」
アイリの剣が止まる。
その時。
ゴードンの目が変わった。
(来る!)
マイアの直感。
「アイリ!!」
遅い。
袖口。
隠し短剣。
毒。
突き。
アイリが反応。
避ける。
だが。
腹を浅く裂かれる。
「っ……!」
熱。
痺れ。
腕から力が抜ける。
「毒だ」
ゴードンが笑う。
狂気じみた顔。
「甘ぇんだよ!!」
短剣が振り上がる。
その瞬間。
マイアが槍を構えていた。
呼吸。
一度。
集中。
鎧の隙間。
心臓。
(外さない)
投擲。
一直線。
空気を裂く。
ゴードンが振り向く。
遅い。
槍が胸を貫いた。
「――がぁぁぁぁっ!!」
巨体が止まる。
血。
崩れる。
戦鎚が落ちる。
轟音。
そして。
静寂。
ゴードンが震える。
「俺が……」
血を吐く。
「こんな……ガキに……」
倒れた。
動かない。
マイアが駆け寄る。
「アイリ!」
腹部。
毒。
顔色が悪い。
「これ飲んで!」
解毒薬。
震える手。
アイリが受け取る。
一気に飲む。
苦い。
だが。
少しずつ痺れが引いていく。
息を吐く。
「……助かった」
マイアが眉を寄せる。
「本当に、油断しすぎ」
「反省してる」
少し沈黙。
そして。
アイリが小さく笑う。
「でも」
ゴードンを見る。
「強かった」
マイアも頷く。
「ええ」
槍を拾う。
「今までで、一番ね」
壊れた部屋。
倒れた盗賊団。
そして。
デススネークの終焉。
二人は静かに呼吸を整えた。
その瞬間だった。
戦いが終わったはずの部屋に、不自然な静寂が落ちる。
クラッシャー・ゴードンの巨体が床に沈み、血の匂いが濃く漂っている。
壊れた床、崩れた石壁、砕けた木片――激闘の痕跡だけが残されていた。
だが。
何かがおかしい。
アイリの表情がわずかに変わる。
「……誰かいる」
低い声。
マイアも反射的に槍を構え、入口へ視線を向けた。
そこに――男が立っていた。
いつからいたのか、気配がなかった。
つづく…
(次回、朱雀を知る男)
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