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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第30話 歓迎するぜ、侵入者

薄暗い廊下は、湿気を吸った木材の匂いに満ちていた。


壁に掛けられた松明は煤で黒ずみ、頼りない火がゆらゆらと揺れている。


天井からは時折、水滴が落ち、静寂の中でやけに大きく響いた。




アイリとマイアは慎重に足を進める。




床板は古い。


踏み方を誤れば音が鳴る。




その時――ギギィィ……。




前方の扉が勢いよく開いた。




「おい!」




酒臭い怒声。




「誰だ、てめぇら!」




現れたのは四人。


粗末な革鎧。


手には斧、短剣、棍棒。


いかにも盗賊といった風貌だった。




部屋の中には空き瓶が散乱し、腐りかけた肉が床に転がっている。


賭けでもしていたのか、倒れた椅子の横には銅貨が散らばっていた。




「侵入者だ!」




「どうする?」




「決まってんだろ――殺せ!」




四人が一斉に飛び出す。




だが。


アイリは動かなかった。


ただ剣の柄に手を置き、相手を見る。




観察。


距離。


癖。


利き手。




「……遅い」




小さく呟いた。




「行くわよ」




マイアが槍を二つに分割する。


長槍では狭い。


右手に短槍。


左手に棍。


室内戦用の構えだった。




最初に来たのは斧使い。




「死ねぇ!」




横薙ぎ。


重い一撃が唸りを上げる。




だが、アイリは半歩ずれただけだった。




斧が空を切る。


男の目が見開く。




「は――?」




次の瞬間。


アイリの剣先が、鎧の隙間へ滑り込んだ。




喉元。


浅い。


致命傷ではない。


だが。




「がっ……!」




呼吸が止まる。


男が膝をつく。




その背後から短剣の男が飛び込む。


連続の刺突。


速い。




だがアイリの剣が一閃。




――キィン!




短剣が弾かれる。




「なっ!?」




男の体勢が崩れる。


アイリはそのまま足を払った。




鈍い音。


男が床へ転がる。




そして。


剣の切っ先が喉へ。




「続けるか?」




感情のない声。




男の顔が青ざめた。




その頃。


マイアも二人を相手にしていた。


棍棒の男が力任せに振り下ろす。




ドゴン!


床板が砕ける。




「遅い!」




マイアが横へ流れる。


棍で手首を打つ。


痺れ。




男が怯んだ瞬間。


短槍が脇腹へ突き刺さる。




「ぐあぁっ!」




血が飛ぶ。




もう一人が背後から短剣で迫る。




だが。


マイアは振り向かない。




棍を後ろへ打つ。


ゴッ!




鼻が潰れる音。


男が仰け反る。




そこへ。


槍の石突きが顎を打ち抜いた。




「がっ……!」




男が崩れ落ちる。




静寂。


荒い呼吸。




そして。


倒れ伏す盗賊たち。




アイリが剣を払う。




「弱いな」




「まだ入口よ」




マイアが周囲を見る。




「騒ぎで、もっと来る」




その言葉通りだった。




奥の廊下。


足音。


三つ。


重い。


ゆっくり。




だが威圧感が違う。


現れたのは三人の男。


ただの雑兵ではない。




中央の男は両手に短剣。


視線が鋭い。




左には大斧を担いだ巨漢。




右には拳を鳴らす筋肉質の男。




「へぇ……」




短剣男が口角を上げる。




「四人やられたか」




斧使いが鼻を鳴らした。




「女にしちゃ派手だな」




拳闘士が笑う。




「骨砕くの楽しみだ」




アイリが前へ出る。


剣を構える。




「貴様らには、無理だな」




静かな声。




短剣男の眉が動いた。




横でマイアが小声で言う。




「アイリさん」




「なんだ?」




「もう少し女性らしい喋り方を……」




「今それ必要か?」




真顔。




マイアがため息をつく。




「大事なの」




短剣男が苛立つ。




「なめてんのか!」




瞬間。


床を蹴った。


異様な速度。


短剣が閃く。




「俺の速さについてこれるか!」




連撃。


刺突。


斬撃。




だが。


アイリの剣が最小限だけ動く。


受け流す。


逸らす。


無駄がない。




「嘘だろ……!」




男の顔が歪む。


速さで勝っていたはず。


なのに。


当たらない。




アイリが静かに言う。




「速いだけだな」




剣が動く。


一閃。


男の胴が浅く裂けた。




「ぐっ……!」




さらに二閃。


短剣が弾き飛ぶ。




男が後退する。


だが足がもつれる。


転倒。




目だけが恐怖に見開かれていた。




一方。


巨漢の斧使いがマイアへ突っ込む。




「潰れろぉ!」




轟音。


重い斧。




だがマイアは避けるだけ。




一歩。


半歩。


紙一重。




「逃げてばかりか!」




「違うわ」




マイアが微笑む。




「待ってるの」




「何を――」




その瞬間。


男の呼吸が乱れた。


大振り。


疲労。


隙。




マイアの棍が手首を弾く。


斧が落ちる。




そして。


短槍が腹へ突き刺さった。




「力任せじゃ勝てない」




男が崩れ落ちる。




残った拳闘士が低く唸る。




「化け物かよ、お前ら……」




アイリが剣先を向ける。




「降参するか?」




「するわけないだろ!」




拳闘士の男が豪快に拳を振り上げて、マイアに向かって突進してきた。


その一撃は、壁に当たれば崩れるほどの威力を感じさせるものだった。




「すごい力。でも――当たらなければ意味がないわね」




マイアが冷静に言い放ちながら、男の拳を紙一重でかわしていく。


怒りに駆られた男がさらに強引に攻撃を続けるが、その隙をアイリが見逃さなかった。




アイリは男の背後から素早く接近し、剣で背中を狙って切りつけた。




「くそ……二人がかりなんて……卑怯だろ……」




アイリが真顔で答える。




「盗賊相手に、正々堂々する意味があるのか?」




沈黙。


男が言葉に詰まる。




「それは……」




「ないな」




追撃のような正論だった。




マイアが思わず額を押さえる。




「アイリさん、そういうところもう少し言い方を……」




拳闘士の男は最後に悔しげな視線を向ける。




「俺が……こんな……」




言葉は最後まで続かなかった。


力が抜け、巨体が床へ崩れ落ちる。




――静寂。




湿った廊下に、血の匂いだけが残った。


マイアが槍の血を払い、深く息を吐く。




「雑兵じゃなかったわね」




「雑魚だろ」




アイリが短く答える。




剣についた血を布で拭いながら、前方を見る。


その先。


奥から、かすかな音が聞こえていた。




――金属がぶつかる音。


――誰かの笑い声。


――酒瓶が転がる音。




「待ち構えているな」




アイリの目が細まる。


マイアも頷いた。




「さっきの連中、時間稼ぎだったのかも」




その時。


ドン――。


鈍い振動が床を伝った。




二人が顔を上げる。




もう一度。


ドン。


まるで巨人が歩いているような重い足音。




空気が変わる。


本能が警告を鳴らしていた。




「……来る」




アイリが剣に手をかけた。




廊下の突き当たり。


巨大な木扉があった。


鉄で補強された分厚い扉。


隙間から、灯りが漏れている。




そして。


ドォン!!


内側から何かがぶつかり、扉がわずかに揺れた。




低い笑い声。




「ははっ……!」




男の声だった。


重い。


獣のような声。




マイアが小さく息を呑む。




「この気配……」




アイリが扉の前へ立つ。




「ボスだな」




ゆっくりと扉を押す。




ギギギギ……。




嫌な音を立てながら、扉が開いた。




そこは広間だった。


天井が高い。


梁から鎖が垂れ下がり、所々に赤黒い染みがある。




壁際には壊れた武器。


転がる酒樽。


骨。


人骨なのか獣なのか、見分けがつかない。




空気が重い。


酒と血と鉄の臭いが混ざっている。




部屋の中央。


そこだけが、不自然に広く空いていた。


まるで――戦うための空間。




そして。


その奥。


一段高い石台に、一人の男が座っていた。




異様な巨体。


二メートルを優に超えている。


肩幅が広すぎる。


座っているだけなのに威圧感があった。




黒革の鎧。


無数の古傷。


獣の毛皮。




そして、その隣。


石台に立てかけられた巨大な戦槌。


普通の人間なら、持ち上げるだけで精一杯だろう。




なのに男は片手で掴み――。


軽々と肩へ担いだ。




ゴッ。


床が沈む。




それだけで空気が震えた。




「……へぇ」




男が笑う。


笑っているのに、目は笑っていない。




「ここまで、来るとはな」




その声だけで、部屋の空気が重くなる。




石台から立ち上がる。


ドン。


床が軋む。




「俺の可愛い部下を、随分減らしてくれたじゃねぇか」




マイアが槍を構える。




「あなたが、クラッシャー・ゴードン?」




男が口角を吊り上げた。




「そうだ」




巨大な戦槌を肩へ担ぐ。




「それで?」




視線が鋭くなる。




「狙いは俺の首か?」




「ええ」




マイアは静かに言った。




「あなたを討伐しに来たの」




数秒の沈黙。




そして。


ゴードンが笑った。


低く。


不気味に。




「はっはっは……!」




部屋が震える。




「面白ぇ女だ」




その瞬間。


左右の影が動いた。


二人。


護衛。




一人は剣士。


痩せた身体。


隙のない立ち姿。




もう一人は槍士。


長身。


冷たい目。


ただ立っているだけでわかる。




――強い。


雑魚とは違う。




剣士が一歩前へ出る。




「ボス」




低い声。




「俺がやる」




槍士も槍を回す。




「侵入者は、ここで終わりだ」




アイリが剣を抜いた。


静かな金属音。




「強そうだな」




少し。


嬉しそうだった。




マイアが呆れる。




「楽しそうにしないで」




「強い相手は嫌いじゃない」




剣士が鼻で笑う。




「余裕だな」




次の瞬間。


消えた。


速い。




ギィン!!


火花。




アイリが剣で受け止める。


重い。


しかも速い。




「ほう」




剣士の目が細まる。




「今のを止めるか」




連撃。


斬撃。


踏み込み。




雑兵とは別格。


廊下の連中より明らかに訓練されている。




数合。


剣を交えた瞬間。


アイリの目が変わった。




「……見えた」




剣士の表情が歪む。




「何?」




一歩。


アイリが踏み込む。


速い。




剣士の剣を外へ流し――。


懐へ。


肘。


鳩尾。


体勢が崩れる。




そこへ。


銀閃。


斜めの一撃。


鮮血。




「がっ……!」




剣士が後退する。




だが終わらない。


アイリが距離を詰める。




剣を弾く。


ガン!!


床へ落ちる。




喉元へ刃。


止まる。




「降参するか?」




剣士の顔が歪んだ。




「……舐めるな!」




隠し短剣。


袖から突き出る。




だが。


遅い。




パキッ。


手首を打ち落とされる。




絶叫。




そのまま首筋へ一撃。


剣士の身体が崩れ落ちた。




一方。


マイアの前。


槍士が静かに槍を構えていた。




間合いが遠い。


緊張が走る。




先に動いたのは槍士だった。


ヒュン!!


鋭い突き。


速い。




マイアが紙一重で流す。




だが次。


三連突き。


急所だけを狙う。




「……!」




(強い)




本気でそう思った。


槍術を知っている。


間合いの潰し方も上手い。




カン!!


槍と槍がぶつかる。


火花。




押し引き。


読み合い。


どちらも譲らない。




「やるわね」




マイアが小さく笑う。


槍士の目が細くなる。




「女に褒められても嬉しくない」




突き。


払い。


フェイント。


鋭い。




だが。


癖があった。


右肩。


僅かに動く。


予兆。




(そこ!)




踏み込む。


槍を逸らす。




柄で膝裏を打つ。


体勢が崩れる。


その瞬間。


喉元へ槍先。


止まる。




「終わりよ」




槍士の顔が歪む。




だが。


懐から毒針。




「っ!」




危ない。


しかし。


ガン!!




横から剣が飛ぶ。


アイリだった。


毒針が弾かれる。




「卑怯だな」




真顔。


槍士の顔が引きつる。




マイアがため息を吐いた。




「盗賊相手に、言う台詞じゃないでしょ」




そして。


柄打ち。


ゴッ!!




槍士が崩れ落ちる。




静寂。




残ったのは。


巨大な男。


クラッシャー・ゴードンだけだった。




彼は笑っていた。


楽しそうに。




「いいねぇ」




戦槌を持ち上げる。


ゴゴッ――。


床が沈む。




「ようやく、本番だ」




アイリは呟く。





つづく…




(次回、戦鎚の怪物)




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