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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第27話 私の流派は――響華獅光流

マイアの足が止まった。


「……早いわね」


アイリは自然に剣の柄へ手を置く。


「近いのか?」


「ええ。それも――」


マイアの視線が左右へ動く。


岩陰。

茂み。

暗闇。


「見られてる」


沈黙。

風が吹く。

ざわり。

左の草むらが揺れた。

だが、何もいない。


次の瞬間。

反対側の茂みが揺れる。

気配。

足音。

低い呼吸音。


マイアの声が低くなる。


「……囲まれてる」


アイリは僅かに目を細めた。


「遅いな」


「遅いって何よ!」


思わず小声でツッコむマイア。


だが。

アイリの表情には恐怖がない。

むしろ。

ほんの少しだけ、口元が上がっていた。

戦いを前にした剣士の顔。


やがて。

闇の中に、赤い光が灯る。

一つ。

二つ。

三つ。


――違う。

もっといる。


茂みの奥。

岩陰。

高台の影。

気づけば、十を超える赤い瞳が二人を見下ろしていた。


そして。


ゆっくりと姿を現す。

漆黒の獣。

狼に似ている。

だが、明らかに違った。


身体は異様に大きく、毛皮は濡れたような黒光りを放っている。

裂けた口元からは粘ついた唾液が垂れ落ち、地面へ落ちた瞬間――ジュッ。

白い煙が上がった。

焦げ臭い匂い。


マイアの眉がひそまる。


「毒液……」


赤黒い爪。

鋭すぎる牙。

そして何より、その目。

獲物を殺すことに慣れきった、冷たい捕食者の目だった。


一匹が前へ出る。

低く唸る。


それだけでは終わらなかった。

別の二匹が左右へ回る。

さらに後方へ三匹。

退路を断つように、静かに動いていく。


マイアの顔から笑みが消えた。


「……知性が高い」


槍を構える。


「アイリさん、気をつけて。これ、ただの魔物じゃない」


「わかってる」


アイリは静かに剣を抜いた。

シャイン――。

月光を受け、刃が冷たく光る。


その顔に焦りはない。

むしろ。

少しだけ楽しそうだった。


「数は多いな」


「笑ってる場合じゃないわよ!」


「安心しろ」


アイリは前を見る。

赤い瞳を、真正面から見返す。


「全部倒せばいい」


その言葉に呼応するように。

群れの中央にいた一匹が、低く咆哮を上げた。


――グルルルルルッ!!


次の瞬間。

十数匹のダークハウンドが、一斉に地を蹴る。


「来るわ!」


マイアが叫ぶ。


アイリの目が細くなる。


黒い牙が、夜を裂いた。


突如、一匹のダークハウンドが群れの先頭から飛び出した。


速い。


獣の動きではない。

黒い影そのものが地面を滑ったようだった。


牙が一直線にアイリの喉元へ迫る。


だが、アイリは動じない。

半歩だけ後ろへ重心を逃がす。

牙先が皮膚すれすれを通過した瞬間、岩場を蹴った。


火花が散る。


逆手に握った剣が、低く唸った。


「――っ」


炎刃が閃く。


ダークハウンドの胴が斜めにずれ、そのまま地面へ滑り落ちた。

切断面から蒸気が噴き上がり、焦げた臭いが夜気に広がる。


しかし次の瞬間、別の個体が横合いから飛び込んできた。

鋭い爪が、アイリの脇腹をえぐろうと迫る。


読んでいた。

アイリは剣を滑らせるように持ち替える。


「火炎斬」


甲高い金属音。


爪を受け流した勢いのまま、炎をまとった刃が下から跳ね上がる。

ダークハウンドの喉が裂け、内部から噴き出した炎が体内を焼き尽くした。


だが、その直後。

背後。

アイリの瞳がわずかに見開かれる。


三匹目。

死角から飛びかかっていた。


間に合わない――そう思った瞬間、地面へ剣を突き立てる。

轟と炎が地中を走った。

次の瞬間、ダークハウンドの足元から火柱が噴き上がる。


悲鳴。


黒い毛皮が燃え、巨体が地面を転がった。


アイリは息を吐く。

だが休む暇はない。


四匹目が木々の陰から低く迫る。

闇に紛れた接近。


しかしアイリは振り向かない。

殺気だけで位置を読む。


「遅い」


振り抜いた炎剣が夜を横断した。

赤い軌跡。

ダークハウンドの胴体が真横に裂け、黒煙を上げながら崩れ落ちる。


そして最後の一匹。

それは、あえて距離を取っていた。

赤い瞳が、じっとアイリを観察している。


――知能がある。


アイリは剣先を下げ、わずかに隙を見せた。


誘う。


食いつくように、ダークハウンドが跳躍した。

その瞬間。

アイリの瞳が鋭く細まる。


「――鳳凰剣舞」


炎が円を描いた。

巨大な火輪が夜空を切り裂く。


空中へ飛び込んだダークハウンドの体が、中央から真っ二つに裂けた。

爆ぜるように炎が渦巻き、燃え尽きた灰が静かに舞い落ちる。


静寂。


焦げ臭い空気の中で、アイリはゆっくり剣を下ろした。



その横で、マイアは静かに槍を構えていた。

細く息を吐く。


次の瞬間、踏み込む。

雷光のような突き。


槍が一直線にダークハウンドの額を貫いた。

速すぎる。

敵が絶命したあとで、ようやく風切り音が響いた。


だが、二匹目がすでに背後へ回っている。

跳躍。

鋭い牙。


その瞬間、マイアの周囲に光が走った。

白銀の波動が夜闇を押し返す。


閃光。


吹き飛ばされたダークハウンドが木へ激突し、そのまま動かなくなる。


アイリは目を細めた。


――光属性。


三匹目が左右へ激しく揺さぶりながら接近する。

フェイント。


だがマイアは動じない。


槍先が消える。

一撃目を避けたダークハウンドの胸へ、二撃目が突き刺さる。

さらに三撃目。

喉を貫通。

鮮血が弧を描き、巨体が崩れ落ちた。


四匹目と五匹目が同時に襲いかかる。

左右から。

完全な挟撃。


だが、マイアはむしろ一歩前へ出た。

槍の石突きが地面を叩く。

瞬間、光輪が広がった。

二匹の動きが、ほんのわずか止まる。

その一瞬で十分だった。


マイアの姿が掻き消える。

次の瞬間には、一匹の喉へ槍が深く突き刺さっていた。

返す動作すら見えない。


横薙ぎ。

もう一匹の胴体が裂ける。

それでもなお、最後の一匹は立ち上がった。

黒い唸り声。


執念。


マイアは静かに槍を引く。

槍先へ収束する白光。


「――獅閃光」


突き出した瞬間、光の斬撃が一直線に走った。

ダークハウンドの体が中央から裂ける。


完全な沈黙。

土埃がゆっくりと落ちていく。


アイリは無意識に息を呑んでいた。

速い――いや、違う。

無駄が、一切ない。


その時だった。


森から、音が消えた。

風が止む。

虫の鳴き声も消える。


焦げた臭いに混じって、鉄錆のような異臭が漂い始めた。


……来る。


地面が、鈍く震えた。

重い足音。

一歩ごとに空気が沈む。


やがて、森の奥から巨影が姿を現した。


黒い。

あまりにも黒い。

その毛皮は月明かりすら吸い込み、輪郭さえ曖昧に見える。

巨体が前脚を踏み出すたび、湿った地面が沈んだ。


燃えるような赤い瞳。

剣のような牙。

口端から垂れた唾液が地面へ落ち、白煙を上げる。

毒。

しかも猛毒。


胸元には、深い古傷が走っていた。


その傷を見た瞬間、マイアの目がわずかに細くなる。

――見覚えがある。


だが、その感情は一瞬で消えた。


シャドーハウンドが低く唸る。

空気が震えた。


アイリは無意識に剣を握り直す。

今までの相手とは違う。

本能が警鐘を鳴らしていた。


そんな中、マイアだけが静かだった。

槍を軽く回す。

穂先が月光を反射する。


「どうやら、あなたより……私の方が相性は良さそうね」


視線はシャドーハウンドから外さない。


「こいつは、私一人でやるわ」


アイリが眉をひそめた。


「本気か? あれは――」


「デススネークと戦う前に、見せておきたいの」


マイアは淡く笑う。


「私の槍術を。あなたと連携するなら、その方がいいでしょう?」


アイリは言葉を失った。


目の前の女は、恐れていない。

いや。

恐怖を呑み込んだ上で、前へ出ている。


シャドーハウンドが咆哮した。

空気が揺れる。


それでもマイアは退かない。


「私一人じゃ、不安?」


振り返ったその笑みは、驚くほど穏やかだった。

アイリは小さく息を吐く。


「不安というより……相手は化け物だ」


「ええ。わかってる」


マイアは槍を両手で握り直した。


その瞬間。

空気が変わる。


まるで獅子が牙を剥いたような圧力が広がった。


「もし私が押されたら、その時は助けて」


静かな声。

だが揺らぎはない。


アイリは数秒黙ったあと、小さくうなずく。


「……わかった」


マイアは前へ出る。

夜風が髪を揺らした。

そして、静かに告げる。


「私の流派は――響華獅光流槍術」


槍先が、白く輝いた。



(次回、満月閃)



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