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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第26話 試練の門、黒獅子の渓谷へ

翌朝。


二人が冒険者ギルドの扉を押し開けると、重たい軋み音が響いた。

想像していた喧騒はない。

広い室内には、まばらな人影しかなかった。


重厚な木製の机と椅子。

壁一面に貼られた依頼書。

酒場とは違う、張り詰めた空気。


だが――静かすぎた。


マイアが辺りを見回し、小さく呟く。


「思ったより、人が少ないわね」


近くの冒険者が肩をすくめる。


「今は戦争中だ。王国が高値で傭兵を集めてる。腕の立つ奴らはそっちへ流れた」


アイリは興味なさそうに依頼書を見た。


「ふーん」


本当に興味がなさそうだった。


マイアは苦笑しながら、受付へ向かう。


カウンターの奥。

灰色の髪をした大男が立っていた。

その男が顔を上げた瞬間――。

空気が少し変わる。

近くで話していた冒険者たちが、自然と口を閉ざした。


(……強い)


マイアは直感した。


傷だらけの顔。

太い腕。

鋭い眼光。


ただ立っているだけなのに、妙な威圧感がある。


「すみません」


マイアが丁寧に頭を下げる。


「デススネーク討伐について、お話を伺いたいのですが」


男の眉がぴくりと動いた。


「……デススネーク?」


低い声。

値踏みするような視線が二人へ向く。


「ランクは?」


「まだありません」


男は鼻で笑った。


「話にならん」


腕を組む。

筋肉が軋むようだった。


「デススネークの討伐依頼は、オーガランク以上だ」


「オーガランク?」


マイアが首を傾げる。


「上級冒険者だ。駆け出しが受ける依頼じゃない」


アイリが眉を寄せた。


「ランクが低いと、依頼すら受けられないのか」


「当然だ」


男の声は厳しい。


「死体を増やさないための仕組みだ」


少し間を置き、続ける。


「ランクを上げたければ、依頼をこなしてポイントを稼ぐことだ。スライム、ゴブリン、コボルト……そしてオーガ。そこまで到達して、初めて土俵に立てる」


アイリは露骨に嫌そうな顔をした。


「面倒だな」


周囲の冒険者が苦笑する。

だが男は笑わなかった。


「手っ取り早く上がりたいなら、一つ方法はある」


視線が鋭くなる。


「ダークハウンド討伐だ」


「ダークハウンド?」


マイアが聞き返す。

男は頷いた。


「危険度は高いが、成功すれば大きくポイントが入る」


そして。

少しだけ目を細めた。


「……もっとも、お前たちみたいな新人を死なせる気はないがな」


その声に、空気が重くなる。

マイアは改めて理解した。

この人は強い。

ただの受付ではない。


「お名前を聞いても?」


「ガルヴァだ」


男は短く答えた。


「元オーガランク」


周囲がざわつく。

アイリはじっと見つめた。


(……少し強そうだな)


だが、父ほどではない。

昨日のチンピラとは違う。

少しだけ興味が湧いた。


「私たちは強いぞ」


アイリが真顔で言った。


ガルヴァが笑う。


「そうか」


だが目は笑っていない。


「なら、見せてみろ」


カウンター脇の木刀を掴む。


「俺を倒せ」


周囲がどよめく。


「おい……ガルヴァさん本気か」


「新人相手だぞ」


「いや、試す気だ……」


マイアが小声でアイリへ寄る。


「本気は駄目」


「なぜだ?」


「死ぬから」


即答だった。


アイリが真顔になる。


「……そうなのか」


「そうよ」


マイアは真剣な目で言う。


「勝つ必要はない。“強い”と思わせればいいの」


「つまり?」


「翻弄して、降参させる」


アイリは少し考えた後、頷いた。


「わかった」


中庭。


砂地の中央で、二人が向かい合う。

ギルドの冒険者たちが、円を作って見守っていた。

ガルヴァが木刀を肩へ乗せる。


「来い、駆け出し」


アイリは木刀を片手で持ったまま立つ。

構えすら曖昧。

だが、不思議な隙の無さがあった。


ガルヴァの眉が動く。


(……何だ、この立ち方)


初心者ではない。

だが普通の型とも違う。

読めない。


「いくぞ!」


地面を蹴る。

速い。

低い姿勢からの横薙ぎ。

経験が乗った重い一撃。


――だが。


ひらり。

アイリの姿が消えるように横へずれた。

空を切る。


「……!」


ガルヴァの目が見開かれる。

速い。

避け方が異様だ。

無駄がない。


続けざまに斬る。

縦斬り。

突き。

払い。

連撃。


だが。

当たらない。

全部、流される。

最小限の動きで。


「くっ……!」


汗が滲む。

アイリは静かだった。


(……速い)


少しだけ感心する。


だが。


(父より遅い)


その瞬間。

ガルヴァの動きが僅かに乱れた。


疲労。

焦り。

呼吸の乱れ。


アイリが動く。

木刀が、喉元で止まった。

ぴたり。


風だけが吹く。

誰も喋らない。


ガルヴァだけが理解していた。

――今、死んだ。

ゆっくり木刀を下ろす。


「……参った」


どよめき。

ざわめき。


誰も信じられない顔をしていた。

ガルヴァが苦笑する。


「お前を舐めていたようだ。悪かった」


アイリは即座に聞く。


「これで依頼を受けられるか?」


「……もちろんだ」


少し笑って頷く。


「許可しよう」


ギルドの小部屋。

ガルヴァが地図を広げる。


「黒獅子の渓谷だ」


指先が地図を叩く。


「ここがダークハウンドの巣だ」


険しい地形。

森。

崖。

洞窟。

見るだけで危険そうだった。


「奴らは夜行性だ」


ガルヴァの顔が険しくなる。


「昼は隠れる。夜になると狩りを始める」


マイアが考える。


「昼間に探すより、夜を狙う方が効率的ね」


アイリが即答する。


「なら夜に行けばいい」


沈黙。


ガルヴァが苦笑した。


「大胆だな」


そして真面目な顔へ戻る。


「だが危険だ。群れで襲ってくる」


指で地図を叩く。


「囲まれれば終わる」


マイアが頷く。


「準備は必要ね」


「水と食料を持て。地形も厄介だ」


ガルヴァが最後に二人を見る。


「それと——油断するな」


特にアイリへ向けて。


「強い奴ほど、死ぬ時は一瞬だ」


アイリは静かに頷いた。


「わかった」


マイアが笑う。


「ありがとうございます、ガルヴァさん」


こうして二人は、次なる目的地――

**『黒獅子の渓谷』**へ向かう準備を始める。


街道を抜け、自然が支配する荒野へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

街の喧騒は遠く消え、代わりに風の音が支配する。


夕暮れだった。

背後で赤い太陽が地平線へ沈み、長く伸びた木々の影が地面を覆っていく。

風が草原を撫でるたび、ざわざわと草が擦れる音が響いた。


遠くで、フクロウの鳴き声。

夜が近い。


アイリはゆっくり周囲を見渡し、小さく息を吐いた。


「……この感じ、久しぶりだ」


どこか懐かしそうだった。

マイアが隣で微笑む。


「街より落ち着く?」


「ああ。静かだからな」


少し間を置いて、アイリは付け足す。


「余計な人間もいない」


マイアが苦笑した。


「でも、この先は気を抜けないわよ」


視線の先。

黒獅子の渓谷へ続く道は、徐々に険しさを増していた。

鋭い岩肌。

生い茂る低木。

獣道のような細い通路。

風は冷たくなり、空には一つ、また一つと星が灯り始めている。


マイアが地図を思い出しながら口を開いた。


「ダークハウンドは夜行性。暗くなってからが本番よ」


槍を握り直す。


「群れで動くから、囲まれたら厄介ね。できれば開けた場所で戦いたい」


アイリは短く頷く。


「任せる」


「珍しい。素直ね」


「お前の方が詳しい」


その返答に、マイアは少しだけ目を丸くした。

そして、小さく笑う。


「ありがとう」


風が吹く。

その時だった。


――ウォォォォォォン……


遠くから、低く長い遠吠えが響いた。

空気が変わる。

森が静かになった。

虫の音が、消える。



(次回、私の流派は――響華獅光流)


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