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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第24話 赤髪の女剣士

ここはアルビオン王国北部――中規模の街フェンリッド。


夕刻の冷えた風が石畳を撫で、街路には橙色の灯りがぼんやりと滲んでいた。


行商人たちは店じまいを始め、仕事帰りの人々が肩を寄せ合いながら家路につく。




そんな中、一人の少女が酒場の扉を押し開けた。


軋んだ音とともに、店内の喧騒が一瞬だけ止まる。


少女は短い赤髪を揺らしながら中へ入った。


年齢は十代後半ほど。


小柄な体に革鎧をまとい、腰には使い込まれた剣を提げている。


その柄には見慣れない意匠が刻まれていた。




だが、人の目を引いたのは剣ではなかった。


その瞳だった。


真っ直ぐで、冷たく、何かを探し続けている目。


迷いがない。


まるで獲物を追う獣のようだった。




カウンターの向こうから、年配のマスターが声をかける。




「いらっしゃい」




少女は席にも座らず、真っ直ぐカウンターへ向かった。




「聞きたいことがある」




短く言う。




「“命総天昇剣”を使う剣士の情報が欲しい」




酒場の空気がわずかに止まった。


数人の客が顔を見合わせる。




しかし次の瞬間には、何事もなかったように酒を飲み始めた。


マスターは困ったように眉を寄せる。




「め、めいそう……なんですって?」




「知らないならいい」




少女は即座に視線を外した。


まるで最初から期待していなかったかのように。




「お客様、ご注文は?」




「いらない」




それだけ言い残し、少女は店内を歩き始めた。


客のテーブルを一つずつ回る。




「命総天昇剣を知っているか?」


「その剣士を見たことは?」




だが返ってくるのは曖昧な反応ばかりだった。




「聞いたことねえな」




「剣士なんて山ほどいる」




「嬢ちゃん、騎士団で聞けよ」




少女の表情は変わらない。


焦りも落胆も見せないまま、次の席へ移ろうとした時だった。




「嬢ちゃん」




低い声が飛んだ。


店の奥。


薄暗い席に座っていた三人組の男たちだった。


中央には大柄な男。両脇に痩せた男が二人。


酒臭い笑みを浮かべながら、こちらを見ている。




「その剣士なら、知ってるぜ」




少女の足が止まる。




「本当か?」




「おうよ」




大柄な男はニヤリと笑った。




「最近見かけた。案内してやってもいい」




少女は男たちを数秒見つめた。


値踏みするように。


そして短く言う。




「頼む」




即答だった。


男たちは顔を見合わせ、いやらしく笑った。




「話が早ぇな」




三人組は立ち上がり、先に店を出ていく。


少女も後に続いた。


扉が閉まる。




その瞬間、酒場に重い沈黙が落ちた。


誰かが小さく舌打ちする。




「終わったな、あの嬢ちゃん」




「相手が悪い」




「デススネークの連中だ……」




誰も立ち上がらない。


助けようともしない。


面倒事に関われば、自分たちが危険だからだ。


マスターも苦い顔をした。




「かわいそうに……」




その時。


壁際の席に座っていた一人の女性が、静かに視線を上げた。


長い茶髪を後ろで束ね、簡素な布鎧をまとっている。


テーブルには食べかけのスープ。


壁には長槍。


女性は閉じた扉を見つめたまま、小さく目を細めた。




「……妙ね」




それだけ呟く。


ゆっくり立ち上がると、銀貨を数枚カウンターへ置いた。




「マスター、お勘定、ここに置くわね」




「え、ありがとうございます」




女性は、壁に立てかけてあった槍を取る。


そして静かに酒場を出た。


何かを確かめるような足取りだった。





赤髪の少女は三人組の後を歩いていた。


フェンリッドの裏路地。


人通りは減り、石畳はひび割れ、建物の隙間から冷たい風が吹き抜ける。




男たちは時折こちらを振り返りながら、町外れへ向かっていた。


やがて草地が増え始める。


人気が消えた。


少女の視線が少しだけ鋭くなる。




「……どこへ向かっている?」




「もうすぐだ」




大柄な男が笑う。




「会いたいんだろ? その剣士に」




少女の右手が自然と剣の柄に触れた。


だが歩みは止めない。


そして町外れの草むらで、男たちは足を止めた。


振り返る。


笑みが変わっていた。




「ここで十分だろ、嬢ちゃん」




少女の目が細くなる。




「剣士は?」




沈黙。


次の瞬間。


男たちは声を上げて笑った。




「いるわけねえだろ!」




「騙されたな!」




「可愛がってやるよ、大人しくしていろ!」




左右から二人が回り込む。


大柄な男が腕を鳴らした。




少女は静かに息を吐く。


そして、小さく呟いた。




「……そうか」




顔が上がる。


その瞳から温度が消えていた。




「お前たちに用はない」




男たちの笑みが止まる。




「なんだ、その目――」




大柄な男が掴みかかった。




だが。


少女の姿が消えた。


次の瞬間。


鈍い音。




男の腹に膝蹴りがめり込む。




「がっ――!?」




巨体が折れる。




同時に痩せた男が背後から石を投げた。


肩に直撃。


少女の動きが止まる。




だが、ほんの一瞬だった。


振り向きざま。


拳が男の顔面に叩き込まれる。


鼻血が飛ぶ。




もう一人が短剣を抜いて飛び込む。


少女は体を沈め、足払い。


男が転ぶ。




即座に剣を抜いた。


銀光が走る。


痩せ男の喉元で止まる。




誰も動けなかった。


空気が変わっていた。


大柄な男が後退る。




「て、てめぇ……何者だ……!」




少女は答えない。


ただ剣を向けた。




「痛い目で済むかは、お前たち次第だ」




その瞬間。


男たちは武器を抜いた。




「殺れ!!」




三人同時。




少女の剣が動く。


速い。


速すぎる。




金属音。


短剣が弾かれる。




蹴り。


肘打ち。


柄打ち。




一瞬で二人が地面に転がった。




最後に残った大柄な男が叫びながら剣を振り上げる。


男の怪力が乗った一撃が、うなりを上げて迫る。


少女はそれを真っ向から受け止めず、自らの剣を斜め下から滑り込ませる。


金属同士が激しく擦れ合い、火花が散った。




「なっ……!?」




次の瞬間、少女は手首を鋭く返した。大柄な男の剣は、あっけなく宙を舞って背後の地面に突き刺さる。


武器を失った男の顔から、一気に血の気が引いた。




少女は容赦なく踏み込み、まっすぐに振り上げられた白刃。




「よくも騙したな」




少女は踏み込む。


剣を振り下ろした。




その瞬間――


キィン!!


鋭い金属音が夜に響いた。




少女の剣が止まる。


受け止めていたのは――槍。




長い穂先が、少女の刃を正確に絡め取っていた。


少女が目を細める。




そこに立っていたのは、長い茶髪の女性だった。


静かな目。


乱れない呼吸。


しかし隙がない。


女性は槍を構えたまま言った。




「剣を引きなさい」




落ち着いた声だった。




「こんな男たちに、剣を振るう価値はないわ」




視線だけが鋭い。




「……誰だ、お前」




女性は答えなかった。


ただ小さく肩をすくめる。




「通りすがりよ」




その言葉に、少女の眉がわずかに動いた。


嘘だ。


そう感じた。




赤髪の少女は、剣に力を込めた。




だが。


槍は、微動だにしない。


長い茶髪を束ねた女は、穏やかな表情のまま、まるで当然のように刃を受け止めていた。




(……強い)




少女の目が細くなる。




女は視線だけを動かし、大柄な男を見る。


そして、小さく溜息をついた。




「人を見かけで判断しては、いけないわね」




大柄な男は、腹を押さえながら顔を引きつらせていた。


痩せた二人も動けない。


明らかに怯えている。




女は静かに続けた。




「私が来なければ――あなたたち全員、死んでいたわよ」




男たちの顔色が変わる。


冗談ではない。


そう思わせる声音だった。




「くっ……!」




赤髪の少女は剣を下ろさなかった。


頬にわずかな切り傷。


血が一筋流れている。


さっき短剣が掠めた場所だ。




(……少し油断した)




その事実が、少しだけ気に食わない。




女は静かに言った。




「今日はもう帰りなさい」




三人は顔を見合わせた。


そして、一斉に後ずさる。




「お、覚えてやがれ!」




捨て台詞だけ残し、暗闇へ消えていった。





(次回、異様な少女の名はアイリ)





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