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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第20話 太陽を喰らう闇

冷たい光が、回廊を灼いた。

ライザックが聖剣――《陽炎の刃》を掲げる。


その瞬間、空気が変わった。

熱い。

否。

灼熱だった。

まるで太陽そのものが、この地下へ降りてきたかのように。


「――《天照閃》」


低く響く詠唱。

次の瞬間。

光が、爆ぜた。


轟音。

白。

視界を塗り潰すほどの閃光が、回廊全体を呑み込んだ。


「――っ!?」


リリムが目を細める。

死人たちが、光の奔流へ飛び込んでいく。


グロウス。

ライル。

ヴェイル。


かつて誇り高き戦士だった者たち。

だが、その身体は一瞬で異変を起こした。

黒く淀んだ魔力が、陽光に焼かれていく。

死人たちの皮膚が崩れ、闇の霧となって剥がれ落ちた。

肉体そのものが、浄化されていく。


それでも。

彼らは止まらない。

主の命令だけを胸に、無言で進む。

一歩。

また一歩。


だが――。

限界だった。

光は容赦なく死を否定する。

腕が崩れ。

脚が砕け。

最後には、黒い灰となって散っていった。

何も残らない。

ただ、焦げた床だけがそこにあった。


ライザックが静かに目を閉じる。


「……眠れ」


その声音には、怒りだけではなく。

かつて部下だった者への、短い弔いが滲んでいた。


だが次の瞬間。

その金色の瞳は、再び鋭さを取り戻す。


「次は貴様だ」


――消えた。


「え……?」


視界から、ライザックが消失する。

速い。

理解が追いつかない。

本能が危険を叫んだ。


その直後。

腹部に、焼けるような衝撃。


「――ぁっ!」


鮮血が飛び散った。

遅れて痛みが来る。

リリムの身体が崩れ落ちた。

左腹部が、深く裂かれている。


息ができない。

熱い。

冷たい。

血が止まらない。


「この程度か」


背後から声がした。

ライザックが、すでに剣を払って立っていた。


速すぎる。

見えなかった。


いや――。

“戦い”になっていない。


リリムは初めて理解する。

自分より、遥か格上。

絶対に敵にしてはいけない相手。


「部下たちは……こんな小娘に敗れたのか」


低い声。

そこにあるのは怒りではなく、失望だった。


リリムは歯を食いしばる。


(死ぬ……)


直感だった。


出血が酷い。

意識が遠のく。


古代知識を探る。

治癒。

再生。

回復――。


だが、ない。

闇魔術に、癒しはない。

あるのは。

生き延びる術だけ。


「……《止血》」


黒い紋様が傷口へ走る。

血流が強引に封じられる。


激痛。

視界が揺れる。

だが、止まった。


その様子を、ライザックは静かに見ていた。

剣は向けたまま。

だが、追撃はしない。


「回復を待ってやる」


静かな声。


「簡単に終わらせるつもりはない」


リリムが顔を上げる。

荒い息。

血の味。

それでも、生きている。


(助かった……)


いや。

違う。

見逃されたのだ。


“試されている”。


ライザックの目が細くなる。


「どうした」


剣先が向く。


「悪魔の姿にならんのか?」


リリムが眉をひそめた。


「……私は悪魔じゃない」


「何?」


ライザックの声に、初めて揺らぎが混じる。


「人間の魔術師よ」


沈黙。

そして。


「馬鹿な」


金色の瞳が細められる。

死人を従え。

支部精鋭を殺し。

神域へ踏み込んだ少女。


それが、人間?

あり得ない。


「目的は何だ」


「ヴァレリアさんを助ける」


即答だった。

迷いがない。

ライザックは沈黙する。


「……あの女を?」


「そうよ」


リリムは息を整えながら立ち上がる。

脚が震える。

今にも倒れそうだった。

それでも目を逸らさない。


「進むしかないの」


ライザックの表情が曇った。


「その力でか?」


視線が、闇の魔力へ向く。


「死者を使い、人の領域を超えながら」


静かな声だった。

だからこそ重い。


リリムの胸が痛む。

わかっている。

普通ではない。

もう戻れない。

それでも。


「……助けたいの」


ただ、それだけだった。


ライザックが剣を構える。


「ならば試そう」


黄金の光が膨れ上がる。


「その覚悟が、本物か」


剣が振り下ろされた。

閃光。

巨大な光刃が回廊を裂く。


「っ――!」


リリムが右手をかざす。

黒紫の魔法陣が幾重にも展開された。


「《闇影の壁》!」


激突。

轟音。

建物が震えた。


闇が削られる。

一枚。

二枚。

三枚。

防壁が砕ける。


強い。

強すぎる。

防げない。


(このままじゃ……!)


リリムは左手を重ねた。

痛みを無視し、魔力を注ぎ込む。


命を削る感覚。

視界が黒く染まる。


だが。

最後の瞬間。

光が砕け散った。


静寂。

リリムは膝をつく。

肩で息をする。

もう限界だった。


ライザックは剣を肩に担ぐ。


「防いだか」


その声には、わずかな驚き。

だが。


「まだ足りぬ」


圧倒的強者の余裕。


リリムは震える手を胸へ当てた。

奥底で、魂が脈打つ。

二十三。

奪った魂。


使いたくなかった。

でも――。


「あなたが太陽なら」


黒い霧が溢れ出す。


「私は、闇になる」


回廊が軋んだ。

魂の声が響く。


泣き声。

怒り。

絶望。


それら全てが、リリムの魔力へ変わる。


ライザックの表情が変わった。


「……何をする」


リリムが両手を掲げる。

黒紫の巨大魔法陣。

空間が歪む。


「《奈落煉獄波》」


闇が放たれた。

光さえ呑み込む、奈落の奔流。


ライザックが剣を掲げる。


「断ち切る!」


黄金と闇が、激突した。


「そんな闇――私の光で断ち切る!」


ライザックの声が、回廊を震わせた。

《陽炎の刃》が太陽のような輝きを放つ。

黄金の光が奔流となり、リリムの放った《奈落煉獄波》へ真正面からぶつかった。


轟音。

空間そのものが軋む。

光と闇。


相反する力が、激しく噛み合った。

床が砕け、壁に亀裂が走る。

熱風と冷気が渦巻き、視界が揺らぐ。


ライザックは剣を両手で握り締め、闇を押し返そうとした。


「消えろ……!」


黄金の波動が膨れ上がる。

普通の闇魔法ならば、一瞬で焼き尽くされていた。


だが――。

リリムの闇は、違った。

黒紫の奔流が、まるで底なしの穴のように光を呑み込んでいく。


「……何だと?」


初めて。

ライザックの表情に、驚愕が浮かぶ。


闇の奥から、無数の囁きが響いた。

二十三の魂。


その想いが、リリムの魔力へ変わっていた。


「私は……止まれない!」


リリムが叫ぶ。

血に濡れた腹部を押さえながら、震える腕を前へ伸ばす。


限界だった。

視界は霞む。

立っていることさえ苦しい。


それでも――。

ヴァレリアを助けたい。

その思いだけが、彼女を支えていた。


闇が、さらに膨れ上がる。


ライザックの足が、わずかに後ろへ滑った。


「馬鹿な……!」


黄金の光が揺らぐ。

《陽炎の刃》が悲鳴のような高音を響かせた。


そして。

――均衡が崩れる。


黒紫の波動が、一気に押し込んだ。


「ぐっ……!」


ライザックの鎧に亀裂が走る。

光の防護が軋み、太陽の輝きが削られていく。


彼はなお剣を掲げ、踏みとどまろうとした。

支部長として。

部下を守る者として。

そして、闇を討つ者として。

決して膝を折るわけにはいかなかった。


「まだだ……!」


だが。

闇は止まらない。

光を呑み込み、剣ごとライザックを包み込んだ。


視界が黒紫に染まる。

重圧。

息苦しさ。

力が奪われていく。

まるで深い奈落へ沈められるような感覚だった。


ライザックの金色の瞳が、リリムを捉える。


「……貴様は……何者だ」


その声には、怒りだけではない。


困惑。

警戒。


そして、わずかな恐れ。


リリムは荒い息を吐きながら答えた。


「私は……リリム」


赤い瞳が、真っ直ぐに彼を見据える。


「闇の魔術師リリムよ」


次の瞬間。

光が、砕け散った。

轟音。

衝撃。


そして――静寂。


回廊に残ったのは、砕けた床。

焼け焦げた空気。


そして、床に落ちた《陽炎の刃》と、ひび割れた白銀の甲冑だけだった。


リリムの膝が崩れる。


「はぁ……っ、はぁ……」


息が苦しい。

腹部の傷が熱を持つ。

止血したはずなのに、また血が滲んでいる。

魔力も、ほとんど残っていない。


勝ったのか。

本当に?

視線を上げる。


静まり返った回廊。

何も動かない。

リリムは唇を震わせ、小さく呟いた。


「……やったの?」


けれど。

返事はない。


ただ――。

どこかで、何かが軋む音がした。

まるで、まだ終わっていないと告げるように。



(次回、救うために、殺した)



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