第15話 南支部最強、死者に剣を向ける ― 後編
中央廊下。
空気が変わった。
封魔の鎖に拘束されながらも、リリムは静かに笑っていた。
頬を伝う血を指先で拭う。
その仕草は、追い詰められた者のものではない。
むしろ――観察を終えた者の顔だった。
グロウスが眉をひそめる。
「何がおかしい」
リリムは答えない。
ただ、三人を順番に見た。
巨体の戦斧使い。
風のような剣士。
術を封じる鎖術士。
それぞれが、明確な役割を持っている。
前衛。
奇襲。
封印。
単体でも強い。
だが本当に厄介なのは――連携。
(なるほど)
リリムは静かに理解する。
(この三人、“一人”として戦っている)
グロウスが前へ出る。
「終わりだ」
巨大な戦斧が振り上がる。
同時にライルの姿が消えた。
左右からの挟撃。
ヴェイルの鎖が逃げ道を塞ぐ。
完璧な包囲。
普通の術士なら、ここで終わる。
だが――
リリムは、静かに呟いた。
「影よ」
床の闇が震える。
「形を捨てなさい」
その瞬間。
リリムの身体が――崩れた。
「なっ!?」
黒い霧。
影。
グロウスの戦斧が空を裂く。
ライルの斬撃が空振る。
ヴェイルの鎖が、何もない空間を拘束した。
背後。
影が集まり、再び人の形を取る。
リリムが現れる。
ヴェイルの表情が初めて崩れた。
「転移……!?」
「違うわ」
リリムの声は冷たい。
「“影化”よ」
指先が上がる。
瞬間。
廊下全体の灯りが揺れた。
影が、伸びる。
燭台の下。
柱の裏。
三人の足元。
闇が生き物のように動き始めた。
「下がれ!」
ヴェイルが叫ぶ。
だが遅い。
グロウスの足元から黒い腕が伸びる。
「っ!」
巨体が止まる。
戦斧を振り下ろすが、影は霧のように散り、再び絡みつく。
「こんなものぉ!」
筋肉が膨れ上がる。
拘束を引き裂く。
だが、その一瞬。
ライルが気づく。
「まずい、時間稼ぎだ!」
リリムの足元。
巨大な魔法陣。
黒い光が静かに広がっていた。
ヴェイルが鎖を放つ。
「止めろ!」
鎖が迫る。
だが――
矢。
ヒュンッ!
闇を纏った矢が飛来する。
ヴェイルが咄嗟に鎖で弾く。
その瞬間、死人たちが動いた。
ロイ。
マルク。
ガイ。
ミロ。
レオ。
五人が前へ出る。
グロウスの顔が凍る。
「……ロイ」
ロイは答えない。
ただ盾を構える。
かつて、何度も背中を預けた構え。
その姿が、グロウスの動きを止めた。
ほんの一瞬。
だが戦場では致命的だった。
「悪いけど」
リリムが呟く。
「貴方たちの絆、利用させてもらうわ」
影が爆発的に広がった。
廊下全体が闇に沈む。
視界が消える。
「散開しろ!」
ライルの声。
だが、闇が濃すぎる。
気配が読めない。
音も狂う。
距離感すら曖昧になる。
グロウスが斧を振る。
だが空振り。
ライルが疾走する。
しかし斬る相手が見えない。
ヴェイルの鎖が空間を薙ぐ。
何も捕らえない。
そして――
声。
耳元。
「速いだけね」
ライルの瞳が開かれる。
影の槍。
肩を貫く。
膝をつく。
「くっ……!」
「動きは見切った」
闇の中から、無数の影。
逃げ場がない。
ライルは最後まで剣を構えた。
だが。
影が視界を覆う。
静寂。
次に立っていたのは、リリムだけだった。
グロウスが怒号を上げる。
「ライル!!」
怒りの突撃。
床が砕ける。
戦斧が唸る。
だが、リリムは正面から迎えた。
闇を使わない。
ただ、手を伸ばす。
影が拳となり、巨体へ叩き込まれる。
轟音。
初めてグロウスの身体が浮いた。
壁へ激突。
「がっ……!」
それでも立つ。
血を吐きながら笑った。
「ハハ……!」
戦斧を構える。
「やっと本気かよ!」
強い。
心から強い。
死を恐れない。
その姿に、リリムは少しだけ目を細めた。
(この人……嫌いじゃない)
でも。
時間がない。
「終わりよ」
影が、戦斧を包む。
闇が魔力を喰う武器を逆流させた。
魔喰いが耐え切れず砕ける。
グロウスの目が見開く。
「相棒……!」
その隙。
影の拘束。
膝が落ちる。
「悪いな……ロイ」
最後まで、彼は仲間の名を呼んでいた。
静かに倒れる。
残ったヴェイルが息を呑む。
「化け物ですね」
「褒め言葉?」
「最悪の、です」
鎖が一斉に放たれる。
廊下を埋め尽くす封印術。
だが。
リリムは止まらない。
闇が鎖を飲み込む。
封印ごと。
ヴェイルの顔が歪んだ。
「そんな馬鹿な……!」
「術の理屈は理解した」
一歩。
「だから、もう効かない」
また一歩。
ヴェイルが後退る。
初めて、恐怖を見せた。
「来るな……!」
影が腕を掴む。
床へ引き倒す。
仮面が割れた。
「最後に聞くわ」
リリムが言う。
「ヴァレリアさんはどこ?」
ヴェイルは息を切らしながら笑った。
「地下最深部……浄化の檻です」
「ありがとう」
影が静かに降りる。
そして。
廊下に静寂が訪れた。
リリムは倒れた三人を見下ろす。
強敵だった。
間違いなく。
もし最初から死人たちを使っていなければ、危なかったかもしれない。
だが――。
「強かったわ」
手をかざす。
淡い光。
三つの魂が現れる。
重厚な魂。
風のような魂。
冷たく鋭い魂。
三人の生き様そのものだった。
一瞬。
リリムは迷う。
(……ごめんなさい)
でも。
ヴァレリアを救う。
そのためなら。
止まれない。
「力を借りるわ」
闇が魂を包む。
魔力が震える。
廊下が軋む。
燭台の火が消えた。
そして――
リリムの背後。
影が大きく揺らめく。
死人たちが自然に膝をつく。
支配者へ忠誠を誓うように。
リリムは静かに息を吐いた。
そして三人へ視線を向ける。
「起きなさい」
闇が流れ込む。
グロウス。
ライル。
ヴェイル。
ゆっくりと立ち上がる。
生気のない瞳。
だが、生前の強さは残っている。
グロウスが斧なき拳を握る。
ライルが静かに剣を構える。
ヴェイルの鎖が床を鳴らす。
三人が膝をついた。
リリムは静かに命じる。
「ヴァレリアさんを助ける」
赤い瞳が闇の中で燃える。
「――道を開いて」
八人の死人が、静かに立ち上がる。
かつて南支部を守っていた精鋭たち。
今やそのすべてが、リリムの背後へ並んでいた。
リリムは、ただ前だけを見ている。
――ヴァレリアを救うために。
その先。
地下最深部。
《浄化の檻》へ。
(次回、村を滅ぼしたのは、私だった)
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