第14話 南支部最強、死者に剣を向ける ― 前編
暁の剣南支部――中央廊下。
そこは、まるで屋敷そのものが息を潜めているような空間だった。
長く続く石造りの廊下。
左右には重厚な扉が等間隔に並び、古びた燭台の火が壁に揺らめく影を刻んでいる。
炎は弱い。
だが、その微かな光がかえって闇を深く見せていた。
沈黙。
ただ、石床を叩く足音だけが、異様なほど大きく響く。
コツ……コツ……
先頭を歩くのはロイとマルク。
その後ろにガイ、レオ、ミロ。
そして最後尾――黒いローブを揺らしながら、リリムが静かに歩いていた。
死人となった五人の動きは整然としている。
生前と何一つ変わらぬ歩き方。
だが、決定的に違うものがあった。
呼吸音がない。
視線が動かない。
感情がない。
ただ主の命令だけを待つ兵器。
その異様さが、廊下全体を不気味に支配していた。
リリムは静かに前を見据える。
(もう少し……)
赤い瞳がわずかに細められる。
(待っていて、ヴァレリアさん)
胸の奥が小さく痛んだ。
あの拘束された姿が脳裏をよぎる。
傷ついているかもしれない。
間に合わないかもしれない。
その考えを振り払うように、リリムは歩みを速めた。
その時だった。
――ガン。
前方から重い金属音。
廊下の先。
闇の中から、三つの人影が姿を現した。
空気が変わる。
まるで見えない壁が立ち塞がったような威圧感。
中央に立つ巨漢の男が、低く唸る。
「……止まれ」
一歩。
前へ出た瞬間、床が軋んだ。
巨体。
黒鉄の重装甲。
片手で持つには異様すぎる巨大な戦斧。
剃り上げた頭に無数の古傷。
その眼光は猛獣そのものだった。
男の視線が、死人たちへ向く。
そして止まった。
「……ロイ?」
声が揺れた。
隣の銀髪の男も目を細める。
「マルク副隊長……?」
その視線が、次々と死人へ向けられる。
「ミロ先輩まで……」
空気が凍った。
仮面の男が、静かに鎖を鳴らす。
チャリ……
「冗談にしては悪趣味ですね」
仮面の奥の目が細められる。
「……誰が、こんなことを?」
リリムは静かに前へ出た。
「私よ」
その瞬間。
三人の殺気が爆発した。
ビリッ――
空気が震える。
巨漢の男――グロウスが戦斧を握り潰さんばかりに力を込めた。
「貴様が……?」
声が低く沈む。
怒りを押し殺している声だった。
「ロイたちを……こんな姿にしたのか」
答える代わりに、ロイが無言で盾を構える。
その動作は、生前と寸分違わない。
グロウスの目が揺れた。
「……おい」
声が震える。
「ロイ」
返事はない。
「冗談だろ?」
沈黙。
ロイはただ、武器を構えている。
グロウスが一歩前へ出る。
「おい、返事しろよ」
ロイの瞳には何もなかった。
ただ冷たい闇。
それを見た瞬間。
グロウスの顔から感情が消えた。
「……そうか」
低く呟く。
「もう、本当に死んだのか」
隣でライルが剣を抜いた。
無音。
一瞬だった。
いつ抜いたのかすら見えない。
「ミロ先輩」
その声だけ、少し震えていた。
「何で……」
ミロは弓を持ったまま、無表情に立っている。
かつて戦場で背中を預けた先輩。
誰より面倒見が良かった男。
その面影だけを残して、今は死体だった。
ヴェイルが静かに仮面を撫でる。
「……最悪ですね」
鎖が音を立てる。
「仲間を死後まで利用するとは」
その声には、明確な怒りが滲んでいた。
リリムは冷静だった。
「退いて」
ただ、それだけを言う。
「私はヴァレリアさんを助けに行くの」
グロウスが笑った。
低く、怒りに満ちた笑い。
「助ける?」
戦斧を肩へ担ぐ。
「仲間を化け物に変えた奴が言う台詞か?」
リリムの瞳が細まる。
「時間がないの」
闇が足元で揺らめいた。
「邪魔よ――潰す」
沈黙。
次の瞬間。
グロウスの姿が消えた。
ドゴォォォォン!!
轟音。
巨大な戦斧がリリムのいた場所を粉砕した。
床が砕け、石片が吹き飛ぶ。
衝撃波だけで燭台が弾け飛んだ。
「っ――!」
リリムが空中へ跳ぶ。
速い。
巨体とは思えない。
グロウスはすでに次の一撃へ移っていた。
「舐めるなァ!!」
戦斧が横薙ぎに迫る。
リリムは闇を展開。
黒い障壁が広がる。
――ガァァァン!!
だが。
闇が砕けた。
「なっ……!?」
初めて、リリムの目が見開かれる。
斧が闇を“喰っていた”。
黒い魔力が、刃へ吸い込まれている。
グロウスが笑う。
「魔法使い相手にゃ、負けねぇよ」
戦斧が振り抜かれる。
直撃。
リリムの身体が壁へ叩きつけられた。
轟音。
石壁に亀裂が走る。
死人たちが動こうとする。
だが。
「動くな」
リリムが低く言った。
血が口元を伝う。
それでも瞳は消えていない。
(闇を吸う武器……)
予想外。
だが。
問題ない。
その時。
風が走った。
殺気。
振り向くより速く――
斬撃。
ヒュン――
赤い線が頬を走った。
血。
リリムの髪が一筋、宙を舞う。
背後に、ライル。
剣を構えた姿勢のまま止まっていた。
「避けたか」
初めて感情を乗せた声。
「今ので首を落とすつもりだった」
リリムが頬を触る。
血。
ほんの少し。
だが確かに斬られた。
(速い……)
気配がない。
見えない。
風みたい。
その瞬間。
チャリ……
鎖の音。
足元を見た時には遅かった。
無数の鎖が地面から伸びていた。
絡みつく。
魔力が急激に重くなる。
「捕らえました」
ヴェイル。
仮面の奥の目が笑っていた。
「封魔の鎖です」
リリムの影が消え始める。
闇魔法が弱まる。
「魔力封印……?」
「ええ」
ヴェイルが微笑む。
「あなたのような術士を狩るための技です」
グロウスが斧を担ぐ。
ライルが剣を構える。
三人が並ぶ。
隙がない。
完璧な連携。
グロウスが言う。
「終わりだ、魔女」
リリムの胸中に、わずかな焦りが走る。
(まずい……)
そして脳裏をよぎる。
拘束されたヴァレリア。
苦しそうな顔。
(時間がない……!)
リリムはゆっくり目を閉じた。
そして。
笑った。
「……そう」
赤い瞳が開く。
深い闇が宿っていた。
「少しだけ、本気を出すわ」
(次回、南支部最強、立ちはだかる-後編)
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