第124話 勝利の代償
静寂が戻った。悪魔は完全に消え去っていた。
その事実を、誰もがしばらく信じられずにいた。
アリシアは杖を支えにしていた。その体がゆっくりと崩れ落ちていった。
「アリシア様!」
リアナが最後の力を振り絞り、駆け寄った。アリシアの体を抱き止めた。
「アリシア様、しっかりしてください!」
アリシアは、うっすらと目を開けた。その顔色は、白を通り越して透けるように蒼かった。
しかしその口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
「勝ったわ」
声はかすれていた。それでも確かな達成感が、そこにあった。
リアナは震える手で、残った僅かな魔力を振り絞った。
「癒しの光」
白い光が、アリシアの体を包んだ。
しかしその光は、失われた命の輝きまでは取り戻せなかった。傷は癒せても魂の消耗は、癒しの魔法では届かない領域だった。
マリーが瓦礫を押しのけながら、駆け寄ってきた。
「アリシア!」
その姿を見て、膝をついた。
「無事なのか」
「ええ」
アリシアは、小さく頷いた。
「無事よ」
その声に、嘘はなかった。それでも、その体がこれまでよりも確かに小さく、もろく見えた。
マリーはその事実に、何も言えなかった。ただアリシアの手を、そっと握った。
少し離れた瓦礫の陰から、アイリが体を引きずるようにして近づいてきた。
まだ足元がおぼつかなかった。それでもアリシアの傍らに膝をつくと、その顔を覗き込んだ。
「おい」
声に、いつもの勢いはなかった。
「無茶しやがって」
アリシアはうっすらと目を開け、力なく笑った。
「アイリさんに、言われたくないんだけど」
「私と、比べるな」
アイリはそれだけ言うと、口を閉ざした。それ以上、何も言えなかった。
マイアも折れた槍を杖代わりにしながら、ゆっくりと歩いてきた。
アリシアの顔色を見て、表情がわずかに強張った。
「アリシアさん」
声が震えていた。
「顔が真っ白です」
「大丈夫」
アリシアは繰り返した。
「少し休めば」
「休めばって」
マイアは言葉に詰まった。
癒しの魔法では届かない領域だと、既にリアナから聞いていた。休むだけで戻るものではないと、誰もがわかっていた。
それでも、それ以上追及する言葉が見つからなかった。
マイアはただ、アリシアの手をそっと取った。
「……ありがとうございます」
絞り出すように、それだけ言った。
「アリシアさんがいなかったら、私たち全員、ここで終わっていました」
アリシアは、小さく頷いた。
「それなら」
声がかすれていた。
「よかった」
その短い一言に、嘘のない安堵があった。
アイリもマイアも、それ以上何も言えなかった。ただアリシアの傍らに、寄り添うように座り込んだ。
空の下、崩れ果てた玉座の間の跡地に、静かな勝利の余韻だけが残っていた。
「マリアンネ様」
ラグナルとアルヴィンが、まだ痛みの残る体を引きずるようにして、駆けつた。
マリーは二人の姿を見て、すぐに指示を出した。
「ラグナル」
「はい」
「アリシアが、休める場所を用意して」
「かしこまりました」
ラグナルは一礼すると、すぐに姿を消した。
「アルヴィン」
「はっ」
「ハラルド陣営、兵士の残党を確認し、抵抗するようなら拘束しろ」
「承知いたしました」
アルヴィンは、まだ体が万全ではない様子を見せながらも、しっかりとした足取りで、その場を後にした。
二人が、それぞれの役目へと去っていった。
その間にもアリシアの意識は、少しずつ遠のいていった。
瞼が重くなり、視界が霞んでいく。話す力すら、もう残っていなかった。
「アリシア」
アイリが、その変化に気づいた。
「アリシアァー!」
声が震えていた。
リアナがそっと、アリシアの胸に手を当てた。しばらく、その呼吸を確かめるように静かにしていた。
「大丈夫です」
口を開いた。
「眠っただけです」
「そ、そうか……」
アイリの体から力が抜けた。安堵の息が漏れた。
しかし、その直後。
「くそっ!」
アイリは、力いっぱい床を殴りつけた。瓦礫の破片が、その拳に食い込んだ。血が滲む。
「アイリ……」
マイアが小さく呟いた。その目に悲しげな色があった。
マイアには、アイリのこの悔しさが痛いほどわかっていた。
自分の獅閃光が、あの悪魔に全く通じなかった。アイリの火炎斬・烈も同じだった。力が届かなかった。
その代わりに、アリシアが自分の命を削って、あの悪魔を倒した。自分たちは、アリシアに守られた。
その事実が、アイリの剣士としての誇りを、深くえぐっていた。
マリーはアリシアの体を、そっと抱き上げた。
軽かった。あまりにも軽かった。その重さの頼りなさに、胸が締め付けられた。
マリーは静かに、仲間たちを見渡した。
誰もが傷つき、疲れ切っていた。
それでも誰も失われなかった。その事実だけを胸に、マリーは前を見据えた。
つづく…
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