第125話 王冠なき戴冠
アリシアを安全な場所へと運び終えた後、マリーは一人、王宮の中を歩いていた。
かつて壮麗だった廊下は、見る影もなかった。天井の崩れた瓦礫が、あちこちに山を成していた。柱の一部は、折れたまま傾いていた。
燃え残った調度品が、黒い炭となって床に転がっていた。
その間を縫うように、負傷した兵士たちが横たわっていた。医療係が慌ただしく、その間を走り回っていた。
王家の剣を手にしたまま、マリーはその光景を、ただ静かに見つめていた。
王宮を取り戻した。それは事実だった。
しかしその代償は、あまりにも大きかった。
フレイを失った。アリシアは自分の魂を削った。アイリとマイアは、自分たちの力の及ばなさに深く苦しんでいた。この王宮そのものが、瓦礫と化していた。
王になった。しかし、何も終わってはいなかった。むしろ全ては、これからだった。
マリーはその重みを、一歩踏み出すたびに噛みしめていた。
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夜が明けようとしていた。
王都のあちこちで人々が、少しずつ目を覚まし始めていた。
昨日のあの巨大な爆発。崩れ落ちた建物の一部。誰もが恐怖に震えながらも、それでも生き延びていた。
誰からともなく、一つの噂がささやかれ始めた。
「マリアンネ様が、帰ってこられた」
その言葉が口から口へと静かに、しかし確実に広がっていった。
昨日のあの大通りでの一幕を目撃していた人々が、次々とその噂を裏付けていった。
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王宮正面の崩れた広場。そこに人々が、少しずつ集まり始めていた。
怪我人もいた。子供を抱いた母親もいた。誰もが不安とわずかな期待を持った目で、その場所を見つめていた。
マリーは、その広場に姿を現した。
王家の剣を手にしたまま傷だらけの体で、それでもまっすぐに前を見て立った。
どよめきが起きた。
「本当に、マリアンネ様だ」
声が、あちこちから上がった。
しかしマリーは、すぐには言葉を発せなかった。
私は王です。その一言を、まだ口にすることができなかった。王になったばかりの自分に、その資格があるのか、まだ確信が持てずにいた。
その沈黙を埋めたのは、ラグナルだった。
マリーの傍らに立ち、声を張り上げた。
「皆、あなたを待っていました」
その一言に、広場の空気が静かに変わった。
誰かが膝をついた。また誰かが深く頭を下げた。やがて波紋のように、その動きが広場全体に広がっていった。
マリーはその光景を目の前にして、言葉を失った。
しかしこの瞬間、誰に命じられたわけでもなく、誰かに強制されたわけでもなく、人々が自らの意志で、マリーを王として迎え入れていた。
それこそが、この国の新しい王が正式に生まれた、その瞬間だった。
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数日後、王都郊外の小さな丘。
そこに簡素な墓標が一つ、立てられていた。フレイの墓だった。
マリーはその前に、一人で立っていた。
王家の剣を傍らに置き、静かに目を閉じた。
二年前、この女は自分を王都から逃がしてくれた。
そして二年後、この女は再び自分の命を懸けて、自分を守ってくれた。
二度もこの命を、自分のために差し出してくれた。
マリーは目を開けた。墓標を見つめた。
「フレイ」
静かに、その名を呼んだ。
「あなたが守ってくれたこの命を、無駄にはしない」
風が丘を吹き抜けた。
その風の中に、フレイの最後の言葉が静かに蘇ってきた。
――マリアンネ様。どうか、生きてください。
マリーは墓標の前に跪いた。両手を組んだ。
「私は生きる」
声に揺るぎない決意が、こもっていた。
それは単に、命を繋ぐという意味ではなかった。この国のために、仲間たちのために、そして自分のために。
これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、決して逃げない。決して諦めない、その誓いだった。
マリーは静かに立ち上がった。墓標に最後に一度、深く頭を下げた。
そして王家の剣を手に取り、振り返った。
その視線の先に王都の街並みが、朝の光の中で静かに広がっていた。
まだ崩れたままの建物も多かった。それでも人々は、少しずつ立ち上がり始めていた。
マリーは一歩、前へと踏み出した。
これから始まる、長い道のりに向けて。
つづく…
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