第122話 王宮崩壊、届かぬ刃
悪魔はすぐには、動かなかった。
その巨大な口が、ゆっくりと閉じた。その奥に宿る赤い瞳が、玉座の間をゆっくりと見回していった。
マリー。アリシア。リアナ。アイリ。マイア。ラグナル。アルヴィン。
一人ひとりに、視線が留まった。
しかしそれは、敵を確認する目ではなかった。誰か一人を、標的として見ているのではない。まるでこの世界そのものを観察している。そんな視線だった。
その静けさが、攻撃よりも遥かに恐ろしかった。
そして悪魔が初めて動いた。しかしそれは攻撃ではなかった。
悪魔は静かに精神を集中させた。その身に、闇のエネルギーが急速に集まっていった。
両腕が、ゆっくりと左右に広げられた。
マリーが叫んだ。
「伏せろ!」
その声が響いた直後、悪魔の体中から凄まじい衝撃波が放たれた。
王宮が、大爆発を起こした。
激しい轟音と振動が、玉座の間、そしてその周囲一帯を吹き飛ばした。塵と煙が視界を覆い尽くした。
やがて塵が晴れたその時には、壁も天井もなくなっていた。
王宮の上部が丸ごと消し飛んでいた。空がそのまま、頭上に広がっていた。
玉座の間であったろう場所の中心に、悪魔の姿があった。
両手を握ったり開いたり。まるで自分の新しい体を、確かめているかのように。
マリーたちは、誰一人として欠けることなく無事だった。しかし、皆が崩れた瓦礫の下敷きになっていた。
砂塵が舞う中、彼女たちはひとりまたひとりと、瓦礫の中から身を起こしていく。
この悪魔を野放しにすれば、王都は確実に壊滅する。ここで倒すしかない。
しかし誰の体にも、もうまともに戦う力など残されていなかった。それでも全員が、残った力を振り絞り、悪魔へと向かっていった。
マリーは王家の剣を握り突撃した。白狼流の連撃を繰り出した。
剣先が、悪魔の足を斬りつけた。
しかしその刃が、途中で止まった。
いや、止まったのではなかった。黒い皮膚が硬いのではない。斬ったその瞬間、剣が悪魔の体を通過しているはずなのに、傷が残らなかった。
物理的な攻撃が、この本体には届いていない。マリーは、そのことを肌で思い知らされた。
アイリが剣を構えた。最大級の炎を集中させた。
「火炎斬・烈!」
巨大な炎が、悪魔の全身を飲み込んだ。
しかし炎が消えた後、悪魔は変わらずそこに立っていた。焦げ跡すら残っていなかった。
アイリの顔から、血の気が引いていった。
マイアが槍を構えた。
「獅閃光!」
閃光が、悪魔の胸部へと放たれた。
しかし、その胸に走る赤黒い亀裂に、光がそのまま吸い込まれていった。光そのものが、何の痕跡も残さずに消えていった。
ラグナルとアルヴィンが、同時に斬りかかった。
騎士としての技術、そして連携。積み重ねてきた経験。その全てを込めた一撃だった。
しかし悪魔は、片方の腕を一振りしただけだった。その一撃だけで、二人の体が衝撃と共に吹き飛ばされた。
二つの体が、瓦礫の上に重く落ちた。
もう誰も、立っていられなかった。
完全な敗北だった。
そして誰もが理解していた。目の前の悪魔は、まだ本気を出していない。
マリーは地面に膝をついた。王家の剣を支えに、辛うじて体を起こしていた。
アイリも、立ち上がれずにいた。
マイアの槍は、根元から折れていた。
ラグナルとアルヴィンも、瓦礫の中で動けずにいた。
リアナの魔力は、尽きていた。
アリシアは何かを考えながら、悪魔を見つめていた。
瓦礫と煙の立ち込める、玉座の間の成れの果てに、悪魔が静かに立っていた。
その赤い瞳が倒れ伏す一人ひとりを、ゆっくりと見渡していった。
まるで次に何をするべきか、選んでいるかのように。
つづく…
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