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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第120話 白狼牙

 マリーは、王家の剣を構え直した。




 ハラルドも黒い剣を構えた。その全身から、闇の魔力が揺らめいていた。




 二人が同時に動いた。




 マリーは正面から斬りかかった。


 ハラルドはそれを受け流した。




 マリーは足を使い、側面へと回り込んだ。低い姿勢から斬り上げた。


 ハラルドは、片手でそれを受けた。力任せに押し返してきた。




 マリーは体勢を崩しかけながらも、すぐに次の一手へと繋げた。ハラルドの懐へと飛び込んだ。




 ハラルドの動きは、闇の魔力によって加速されていた。


 剣だけでなく、拳や蹴りも織り交ぜてきた。戦士としての技だけではなかった。


 人間の限界を超えた、化け物じみた戦闘能力。それがハラルドの、今の姿だった。




 マリーの斬撃を、ハラルドが受け止めた。


 次の瞬間、ハラルドの肩が沈んだ。




「――遅い」




 闇を纏った拳が、マリーの剣を弾き飛ばした。


 さらに踏み込んできた。マリーは咄嗟に、王家の剣を戻した。




「――ガァンッ!」




 二人の剣がぶつかった。しかし力が違った。


 マリーの足が床を滑った。一歩、二歩、三歩、玉座の間の端まで押し込まれた。




「人間の力では、私には勝てぬ」




 ハラルドが、静かに告げた。




 マリーはしばらく、その言葉を噛みしめていた。


 通常の剣技では届かない。それは既に何度も思い知らされていた。




 この男を倒せる可能性があるとすれば、白狼牙。それだけだった。


 しかしその技を思い浮かべるたびに、弟の姿が脳裏に浮かんできた。




 その時、フレイの最期の言葉が、静かに蘇ってきた。




「マリアンネ様、どうか生きてください」




 マリーは目を落とした。父の剣が、その手の中にあった。


 王として民の前に立っていたあの背中を、今この剣を通して感じていた。




(私は弟を殺すために、この技を使うんじゃない)




 マリーは静かに、自分に言い聞かせた。


 その技で弟を失った。それは消えない事実だった。




 しかし。




(だからこそ私は、その技から逃げてはいけない)




 マリーは剣を握り直した。


 マリーは剣を下げた。攻撃の構えを解いた。




 ハラルドが、怪訝な顔をした。




「どうした」




 マリーは答えなかった。




 王家の剣を、腰の横まで静かに引いた。刀身が水平になった。足を開いた。重心を落とした。肩の力を抜いた。呼吸を整えた。




 先ほどまで激しく動いていたその体が、嘘のように静止した。




 ハラルドの目が細くなった。




「……その構えは」




 マリーは、ハラルドだけを見つめた。




「これは、終わらせるための技だ」




 ハラルドはその構えを見て、




「なるほど」




 笑った。




「ならば、その技ごと叩き潰す」




 真正面から、突っ込んできた。


 マリーも動いた。一瞬の読み合いだった。




 ハラルドの剣が振り下ろされた。マリーは逃げなかった。


 ハラルドの剣が振り下ろされたその瞬間、マリーの姿が消えた。


 いや、消えたのではなかった。




 一歩だけ踏み込んだ。ハラルドの斬撃、その僅かな隙間へと。


 刃と刃が、交差した。




「――白狼牙」




 一閃。音が遅れて響いた。




「――ズァンッ!!」




 王家の剣が、ハラルドの体を斜めに斬り抜けた。


 ハラルドの体が止まった。




 マリーもまた動かなかった。




 二人の間に静寂が落ちた。




 やがてハラルドが、ゆっくりと振り返った。




「……見事だ」




 その体から黒い魔力が噴き上がった。傷が再生しようとしていた。


 しかし止まった。黒い蒸気が、傷口から逆流していった。




 ハラルドの表情が、初めて変わった。




「これは……」




 マリーは静かに、剣を構え直した。




「白狼牙は、ただ斬る技じゃない」




 声に確かな力があった。


 白い光が、王家の剣から溢れ出していた。




「お前の力が再生するより先に、その力の流れそのものを断つ」




 それでもハラルドは、倒れなかった。




「ならば」




 悪魔の力を、さらに引き出した。




 ハラルドの背後にあった巨大な悪魔の影が、大きく口を開いた。




「私も最後まで、この国を捨てるつもりはない!」




 その声に、執念にも似た確かな意志が宿っていた。




 ハラルドが、最後の一撃を振るった。




 マリーもまた、最後の力を振り絞った。




 マリーは剣を握り直した。


 もう恐怖はなかった。弟の姿からも逃げなかった。


 フレイの言葉も。父の背中も。仲間たちの想いも。


 その全てを背負って。




「これで、終わりにする」




 剣を構えた。




 ハラルドが迫った。マリーも踏み込んだ。




「――白狼牙!!」




 白い閃光が、玉座の間を駆け抜けた。


 二人の姿が交差した。


 数秒。どちらも動かなかった。




 やがてハラルドの剣が、床に落ちた。


 その音だけが静まり返った玉座の間に、静かに響いていた。





つづく…




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