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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第119話 その命、王のために

 王家の剣を握ったマリーは、静かに構えを取った。


 足の位置、腰の落とし方、剣の角度。全てが、これまでとは違う質感を帯びていた。




 小さく呟いた。


 一歩、踏み込んだ。




「命総天昇剣・白狼」




 鋭い斬撃が、ハラルドの懐へと迫った。


 ハラルドは黒い魔力を纏った剣で、それを受け止めた。




「――ガァン!」




 衝撃で、玉座の間の床が砕けた。




 しかしマリーは止まらなかった。二撃、三撃、白狼特有の連続する斬撃が、ハラルドを後退させていった。




「見事だ」




 ハラルドが呟いた。




 しかし次の瞬間、ハラルドの全身から黒い魔力が一気に噴き出した。




「ならば」




 その声に初めて、明確な力の高まりがあった。




「私も、全力で応えよう」




 黒い紋様が、肩から腕へと一気に広がっていった。


 ハラルドの一撃が、振り下ろされた。




 マリーは王家の剣で、それを受け止めた。


 しかし、押し切られた。




「くっ……!」




 床を滑った。もう一度踏み込んだ。斬る、躱す、受ける。


 それでも届かなかった。悪魔の力を得たハラルドは、もはや人間の身体能力ではなかった。




 やがてマリーの頬に、一筋の血が流れた。




「……強い」




 初めて、マリーが認めた。




 そして同時に理解していた。この男を倒せる可能性があるとすれば、白狼牙。それしかない。




 しかしその技を思い浮かべた瞬間、弟の姿が脳裏に浮かんだ。


 あの日、自分の剣が弟を斬り裂いた、あの瞬間。




 あの技だけは使えない。




「……白狼牙は」




 マリーは剣を、握り締めた。




「使わない」




 ただ剣を、構え直した。


 そして、ハラルドの一撃を受けた。




「――ドォンッ!」




 マリーの体が吹き飛んだ。王家の剣が床を滑った。




「マリー! 」


「マリアンネ様!」




 仲間たちの声が響いた。




 マリーは立ち上がろうとした。しかし力が入らなかった。




 ハラルドがゆっくりと近づいてきた。




「終わりだ、マリアンネ」




 黒い剣が、振り上げられた。




 その瞬間だった。




「――させません!」




 一つの影が飛び込んだ。


 フレイだった。




「フレイ……?」




 マリーの目が、見開かれた。




 黒い剣が振り下ろされた。フレイはマリーの前に、立ちはだかった。


 そしてその体を、ハラルドの一撃が切り裂いた。




「……っ」




 フレイの体が、大きく揺れた。




 マリーの目が、見開かれた。




「フレイ!」




 フレイは苦しそうに息をしながら、それでも倒れなかった。


 マリーを背後に庇ったまま、ハラルドを見上げた。




「なぜだ……フレイ」




 ハラルドの声にも、わずかな動揺が滲んでいた。




 フレイは小さく笑った。




「……私の父も、王家にお仕えする騎士でした」




 息を整えながら、言葉を続けた。




 マリーの目から、涙が落ちた。




「その父が守った、王家の血を」




 フレイの体から、力が抜けていった。


 それでも最後の力を振り絞り、続けた。




「絶やしたくは、ありません」




 フレイは、マリーを見た。その目には、二年前と同じ優しさがあった。




「マリアンネ様、どうか生きてください」




 そしてフレイの体が、静かに崩れ落ちた。




「フレイ……?」




 マリーは震える手で、その体を抱き起こした。




「フレイ!」




 返事は、なかった。




 二年前フレイは、マリーを王都から逃がした。


 そして今、フレイは再び自分の命を差し出して、マリーを守った。




 マリーは、しばらく動かなかった。


 やがてゆっくりと立ち上がった。床に落ちていた王家の剣を拾った。


 その表情から、迷いが消えていた。




「……そうか」




 小さく呟いた。剣を握った。




 弟の姿が、再び脳裏に浮かんだ。


 それでも今度は、目を逸らさなかった。




「ごめん……」




 マリーは目を閉じた。


 そして静かに構えた。




「私に、力を貸して」




 王家の剣に、白い光が静かに宿った。




 ハラルドは、崩れ落ちたフレイの体を一瞥した。




「ふっ」




 その口元に、冷たい笑みが浮かんだ。




「最後まで、使えぬ女だ」




 その一言にマリーの表情が、凍りついたように変わった。




「ハラルド」




 声が震えた。




「貴様!」




 叫んだ。




 その体が怒りで震えていた。目が血走っていた。剣を持つ手に、力がこもりすぎていた。




 フレイが命を懸けて、自分を守った。その事実をこの男は、「使えぬ女」の一言で切り捨てた。




 マリーは剣を握りしめたまま、前へと踏み出そうとした。


 視界が狭くなっていた。怒りだけが頭の中を支配していた。


 この男を斬り伏せてやりたい。その衝動だけが、全身を駆け巡っていた。




 その時だった。




「馬鹿野郎!」




 鋭い声が、玉座の間に響いた。


 まだ立ち上がることのできないアイリの声だった。膝をついたまま、その声だけを精一杯張り上げていた。




「熱くなるな、頭を冷やせ! 深呼吸しろ!」




 その声に、マリーの動きがぴたりと止まった。


 視界の狭さが、少しずつ元に戻っていった。我に返った。




 自分の呼吸が荒く乱れていたことに、ようやく気づいた。このまま突っ込んでいたら、どうなっていたか。考えるまでもなかった。




(ありがとう、アイリ)




 マリーは、心の中で静かに呟いた。




 まだ満足に立つことすらできないその体で、自分を止めてくれた。その仲間の存在が、胸の奥に温かく染み渡っていった。




 マリーは大きく息を吸った。そして吐いた。


 もう一度息を吸い吐いた。




 二度の深呼吸。そのたびに乱れていた心が、少しずつ静けさを取り戻していった。


 怒りは消えてはいなかった。それでもその怒りに、もう飲まれてはいなかった。




 マリーはハラルドを、まっすぐに見つめた。剣を静かに構えた。


 その目には、もう血走った狂気の色はなかった。


 ただ澄んだしかし揺るがない、確かな覚悟だけがそこに宿っていた。




 ハラルドはその変化に、わずかに目を細めた。




「……ほう」




 小さく呟いた。


 その声に先ほどまでの余裕とは、また違う何かが混じり始めていた。





つづく…




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