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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第12話 目覚めた賢者、消えた妹の気配

朝陽が地平線の向こうから顔を覗かせ始めた頃。


森を抜けた先に、小さな村が見えてきた。


白い壁の家々を、柔らかな朝の光が包み込んでいる。




その中央――小高い場所に建つ小さな教会が、静かに朝焼けを受けていた。


尖塔の先で、風見鶏がかすかに軋む。


アリシアは小さく息を吐いた。


緊張の糸が、少しだけ緩む。




「……着きました」




リアナが振り返る。


その声に、ミリアの肩からも力が抜けた。




教会の扉を叩くと、ほどなくして中から一人の女僧侶が現れる。


柔らかな金髪を後ろでまとめ、白い法衣を纏った女性だった。


三人の姿を見た瞬間、その表情が変わる。




特に泥と血に汚れ、息も絶え絶えのアリシアを見て。




「まあ……!」




女僧侶はすぐに扉を大きく開いた。




「早く中へ。話は後です」




教会の中は静かだった。


朝の光が色ガラスを通り、床に淡い色彩を落としている。


どこか、懐かしい匂いがした。


薬草と、木の香り。




ミリアはすぐに簡易ベッドへ寝かされた。


女僧侶が容態を確認し、小さく安堵の息を漏らす。




「外傷はありますが、命に別状はありません」




リアナの肩が震えた。




「……よかった」




アリシアも安堵しかける。




その瞬間だった。


ふらり、と身体が揺れた。


視界が滲む。




「あ……」




膝に力が入らない。


女僧侶が慌てて支える。




「あなたも座ってください!」




勧められるまま、木の椅子へ腰を下ろした。




その途端。


全身から、一気に力が抜ける。


指先が痺れている。


呼吸すら重かった。


杖を握る右手に、もう力が入らない。




(……限界、だったのね)




ゴブリンの巣。


連続戦闘。


転移魔法。


魔力枯渇。




思えば、立っていること自体がおかしかった。


アリシアはかすかに苦笑する。




「少しだけ……休みます……」




言葉の途中で。


意識が沈んだ。




「……アリシア様?」




リアナが小さく呼ぶ。


返事はない。




アリシアは椅子にもたれたまま、静かな寝息を立てていた。


女僧侶が表情を和らげる。




「眠っていますね」




「大丈夫……なんでしょうか」




不安げなリアナ。


女僧侶は優しく微笑む。




「安心してください。極度の疲労です」




眠るアリシアを見る。


その寝顔は、先ほどまでの詰めた表情とはまるで違った。


年相応の、若い女性の顔だった。


リアナは小さく息を呑む。




(……こんなに無理を)




自分たちを守るために。


ミリアを救うために。




女僧侶とリアナはそっとアリシアを抱え上げる。


隣室の空いたベッドへ。


ローブを乱さぬよう慎重に寝かせ、毛布を掛けた。


アリシアは微かに寝息を漏らすだけだった。




二日後。


薄く目を開けた時。


最初に見えたのは、木目の天井だった。




柔らかな光。


静かな空気。


薬草の匂い。




「……ここ、は」




掠れた声。


その瞬間。


椅子から立ち上がる音がした。




「アリシア様!」




ミリアだった。


顔色はまだ少し悪い。


それでも、瞳には涙が浮かんでいた。




「よかった……!」




今にも泣きそうな顔。




「もう、起きないんじゃないかって……」




小さな肩が震えている。


アリシアはゆっくり瞬きをした。




記憶が戻る。


洞窟。


ゴブリン。


救出。


転移。


森。


リアナ。


そして――限界。




「……私、眠っていたのね」




微かに笑う。


ミリアが何度も頷いた。




「はい。丸二日です」




「二日……?」




思った以上だった。


身体を起こそうとして、少し驚く。


疲労がかなり抜けている。




「本当に心配しました」




ミリアはアリシアの手を握った。


小さな手だった。


少し震えている。




「助けてくださって……本当に、ありがとうございました」




アリシアは目を細めた。


その温もりに、少しだけ心が緩む。




「無事でよかった」




その言葉だけで。


ミリアの目から涙がこぼれた。




しばらくして。


教会の扉が勢いよく開いた。




「アリシア様!」




リアナだった。


その後ろには、村長もいる。


二人とも安堵した顔だった。




「目を覚まされたのですね……!」




リアナの声が震える。


村長は深々と頭を下げた。




「あなたがいなければ、ミリアは戻らなかった」




老いた声が少し掠れている。




「村を代表して、礼を言わせてください」




アリシアは少し困ったように笑った。




「当然のことをしただけです」




だが。


その言葉に、リアナは首を振る。




「違います」




真っ直ぐな瞳。




「命懸けでした」




言葉に詰まる。


アリシアは少しだけ視線を逸らした。




その日の夕方。


村長の勧めで、久しぶりに湯へ浸かった。


湯気が立ち上る。


熱が、ゆっくり身体へ染み込んでいく。




「あぁ……」




自然に息が漏れた。


傷ついた身体が、少しずつ解けていく。


汚れを流し終える頃には、指先まで軽くなっていた。




用意されていた洗濯済みの賢者のローブに袖を通す。


ほのかに陽だまりの匂いがした。




少しだけ。


自分を取り戻せた気がした。




その夜。


教会の外へ出る。


夜空には星。


静かな風。




アリシアは光焔の杖を握った。


瞳を閉じる。




探る。


あの濃密な闇を。


リリムの気配を。




だが――。




「……え?」




何も、ない。


もう一度。


さらに深く。


魔力を研ぎ澄ませる。


それでも。


感じない。




消えた?




違う。


あれほどの闇が、消えるはずがない。




「隠されている……?」




背筋に冷たいものが走る。


嫌な予感だけが、胸に残った。




(リリム……何があったの)




夜風が、静かに吹き抜けた。




翌朝。


旅立ちの準備を終えたアリシアの前に、村長が現れる。


手には馬の手綱。


茶色い毛並みの穏やかな馬だった。




「大した礼ではありませんが」




村長が銀貨袋を差し出す。




「どうか受け取ってください」




アリシアは戸惑う。


村に余裕がないのはわかる。


断ろうとした。


だが。


村長は静かに首を振る。




「これは、感謝です」




その言葉に。


アリシアは小さく頭を下げた。




「……ありがとうございます」




馬が小さく鼻を鳴らす。


少しだけ、緊張が解けた。




村の入口。


リアナとミリアが待っていた。


リアナが一歩前へ出る。




「本当に……ありがとうございました」




声が震えていた。




「アリシア様がいなかったら、私たち……」




そこで言葉が止まる。


目元を押さえ、小さく笑う。




「きっと終わっていました」




ミリアも前へ出た。


小さな手で、アリシアの手を握る。




「私、強くなります」




涙を堪えながら。




「また会えた時、少しでも胸を張れるように」




アリシアは微笑んだ。


優しく、二人を見る。




「あなたたちは、もう十分強いですよ」




風が吹く。


朝の匂い。


新しい旅の気配。




アリシアは馬へ跨った。


そして。


小さく笑う。




「きっと、また会えます」




手を振る。


馬が歩き出す。


森へ続く道。


背中越しに、二人の声が聞こえた。




「お気をつけてー!」




その声に、アリシアは振り返らず、ただ小さく手を上げた。




胸の奥には。


温かなものと。


拭えない不安が、同時に残っていた。




(待っていて、リリム)




朝陽の中。


アリシアは、新たな道へ進み始めた。




(次回、死者を率いる少女)





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