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紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


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第116話 再生を断つ炎と光

 全て倒した。誰もがそう思った。


 その瞬間だった。




 床に転がった小悪魔の傷口から、黒い蒸気が静かに立ち上り始めた。




 焼け焦げた断面、切り裂かれた胴体、腹を貫かれた傷口。そのどれからも、黒い煙のような蒸気が滲み出ていった。




 そして傷口が、ゆっくりと塞がっていった。




 焼けた肌が、再び赤黒く盛り上がった。切断された断面が、まるで時間を巻き戻すかのように繋がっていった。




 やがて九体全ての小悪魔が、静かに起き上がった。




 その目には、先ほどまでと変わらない歪んだ笑みが、浮かんでいた。まるで痛みなど、最初からなかったかのように。




「な……」




 誰かの口から、驚愕の声が漏れた。




 その間リアナは、アリシアの腕に両手を当て、回復の呪文を唱え続けていた。




「癒しの光」




 白い光が、切り裂かれた腕を覆っていた。傷は少しずつ塞がっていた。それでも、これまでの連続する戦闘と癒しの行使で、リアナ自身の魔力もまた限界に近づいていた。額から汗が、流れ落ちていた。




 起き上がった九体の小悪魔を前に、全員が驚愕の表情を浮かべた。




「再生能力」




 マイアが低く呟いた。その声には、確かな危機感が滲んでいた。


 倒しても、また蘇る。この戦いには終わりが見えなかった。




 九体の小悪魔が、再び一斉に動き出した。


 鋭い爪、尖った牙。蝙蝠のような翼をはためかせながら、次々と襲いかかってきた。




 剣を槍を振るうたびに、小悪魔の体が切り裂かれ砕け、崩れ落ちた。


 しかしその都度黒い蒸気が傷口から立ち上り、傷が塞がっていった。




 マリーたちは倒しても倒しても終わらないその循環の中で、少しずつ体力を削られていった。


 小さな切り傷が腕に、頬に増えていった。息が上がっていった。




 アリシアの魔力は、まだ戻らなかった。杖を握る手が、力なく震えていた。




「だったら」




 アイリの声が、戦場に響いた。




「再生できないように」




 剣を構え直した。




「全てを焼き尽くす」




 その目に、確かな覚悟が宿った。




「みんな下がれ!」




 誰もその指示に、迷わなかった。考える余裕はなかった。


 言われるがままに、全員が素早く後方へと退いた。




 アイリだけが、その場に残った。


 剣を握り直した。




「火炎斬・烈」




 剣身に炎が渦を巻いた。先ほどとは、比較にならない密度の炎だった。




 一体目に、剣が振り下ろされた。


 炎がその小悪魔の全身を、包み込んだ。悲鳴が上がった。




 しかしその声は、途中で途絶えた。炎に包まれたまま、体が灰へと変わっていった。傷を塞ぐための黒い蒸気すら、立ち上る間もなかった。


 膝から崩れ落ち、そのまま床に倒れた。完全な灰となって。




 アイリは止まらなかった。




 二体目へ。




「火炎斬・烈」




 三体目へ。




「火炎斬・烈」




 次々と、剣を振るい続けた。




 そのたびに小悪魔の悲鳴が短く上がり、そして炎に包まれたまま蒸気を上げる間もなく、灰へと変わっていった。




 マイアもまた、燃え残った小悪魔の一部へと槍を向けた。




「獅閃光」




 光の刃がその燃え残った体を、完全に消滅させていった。黒く燻る残骸が、床に散らばっていった。




 二人の連携によって、小悪魔たちは再生の隙すら与えられずに、一体また一体と完全に消し去られていった。




 やがて九体全ての小悪魔が、この世から消え去った。




 玉座の間に、再び静寂が戻った。




 しかしアイリとマイアは、肩で大きく息をしていた。剣を槍を握る手が、震えていた。


 二人とも、その場に膝をついた。しばらくは立ち上がれないほどに、消耗していた。




 戦場に、重い沈黙が落ちた。




 九体の小悪魔は消え去った。しかしその代償は、決して小さくなかった。




 アリシアはまだ、まともに魔法を使える状態ではなかった。腕の傷はリアナの治療で塞がっていたが、失われた魔力はすぐには戻らない。




 リアナ自身も青白い顔で、荒い息をついていた。これまでの戦いで、癒しの力を使い続けた消耗が、その体を蝕んでいた。




 ラグナルとアルヴィンの身体にも、浅くない傷が残っていた。




 誰もが、限界に近かった。




 その様子を玉座に座ったままのハラルドが、静かに見つめていた。


 その口元に、微かな笑みが浮かんでいた。




「ほう」




 その声に、感心とも皮肉ともつかない響きがあった。




「随分と頼もしい家臣を、得たな」




 マリーは、その言葉に即座に反応した。




「家臣ではない」




 声に、強い否定の色があった。




「仲間だ」




 ハラルドはしばらく、マリーを見つめていた。


 やがて小さく笑った。




「仲間、か」




 その笑みには、嘲りが滲んでいた。




「実に、くだらない」




 その一言に、マリーの目が鋭くなった。




「お前には、わかるまい」




 剣を握る手に力を込めた。




 ハラルドは答えなかった。




 ただ静かに、マリーを見つめ続けていた。




 その目の奥に何があるのか、誰にも読み取ることはできなかった。軽蔑なのか、それとも、どこか遠い昔の何かを思い出しているのか。その感情の正体は、沈黙の奥に静かに沈んだままだった。




「これで終わりだと思うなよ」




 ハラルドの目に、静かな愉悦の色が浮かんだ。




「私の力は、まだこれからだ」




 マリーは、荒い息をついている仲間たちを見渡した。


 誰もが消耗している。それでも誰一人として、退く気配はなかった。


 マリーはもう一度、ハラルドへと視線を戻した。




「なら、受けて立つ」




 剣を構え直した。




 その視線の先で、ハラルドがゆっくりと立ち上がった。





つづく…




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