第114話 悪魔と契約した摂政
王宮の奥、玉座の間。
その扉を開けた瞬間、マリーたちは違和感を覚えた。
護衛の姿が一人もなかった。
広い部屋のその奥、玉座に一人の男が座っていた。
ハラルドだった。
「ハラルド……」
マリーの声が、静かに響いた。
ハラルドは、ゆっくりと立ち上がった。
「よく来た、マリアンネ」
その声は、これまで聞いてきた噂の中の彼と同じ、静かなものだった。
「いや」
ハラルドは、少し間を置いた。
「今は、そう呼ぶべきではないな」
視線をまっすぐ、マリーへと向けた。
「王として、戻ってきたのだろう」
その一言にマリーの胸の内で、何かが静かに揺れた。
これまでずっと対立してきた男が、初めて自分を「王」として認めた瞬間だった。
マリーは剣を構えた。
しかしハラルドは、動かなかった。
「私はお前と剣を交えるために、ここにいるのではない」
静かに告げた。
その時アリシアが、鋭く周囲を見渡した。
「……何か、いる」
その目に緊張が走った。
王宮全体に微かな、しかし確かな魔力が漂っていた。アリシアはその気配を探った。
「この魔力は……ハラルドから?」
視線がハラルドへと向いた。
ハラルドは静かに笑った。
「気づいたか」
ハラルドは自分の胸元に、手を当てた。
衣服の隙間から、黒い紋様が浮かび上がった。契約紋だった。
「私は二年間、この国を守るために、あらゆる手段を使ってきた」
その紋様を見つめながら告げた。声には揺らぎがなかった。
「人間の力だけでは、足りなかった」
契約紋が脈打つように、赤黒く光った。
「だから私は」
その目に静かな確信が宿った。
「悪魔と契約した」
部屋が静まり返った。
誰も言葉を発せなかった。その静寂だけが、告白の重さを物語っていた。
ハラルドの姿そのものは、大きくは変わらなかった。
しかし片方の目が、静かに黒く染まっていった。
指先に黒い紋様が走った。足元に小さな魔法陣が浮かび上がった。王宮の壁に細い亀裂が走った。周囲の灯火が一つ、また一つと静かに消えていった。
リアナが、その変化に反応した。
「……これは、闇の力です」
声に緊張があった。
ハラルドは力を得て、興奮している様子はなかった。
むしろ以前よりも、さらに冷静に見えた。
「安心しろ、マリアンネ」
静かに告げた。
「私は、私のままだ」
一歩、前へと進んだ。
それだけで、床が砕けた。石畳に、蜘蛛の巣状のひびが広がっていった。
「今まで私が使っていた力に、もう一つ加わっただけだ」
その言葉に、マリーの背筋が冷えた。
悪魔に乗っ取られたのでは、なかった。ハラルド自身が、その力を意志を持って利用している。
それこそが、最も恐ろしい事実だった。
ハラルドは、右手を静かに掲げた。
その瞬間床に、九つの魔法陣が同時に浮かび上がった。
それぞれの陣の中心から、小さな影が湧き上がった。
人の形をした、しかし明らかに異形の存在。赤黒い肌、尖った耳、尖った牙、蝙蝠のような翼、歪んだ笑みを浮かべた、小悪魔たちだった。
九体が、玉座の間に揃った。
一同に、動揺が走った。
「これは……」
アイリが、剣を構え直した。
アリシアの目にも、緊張が宿った。
ハラルドは静かに、マリーを見つめた。
「マリアンネ」
その声にはこれまでの対話とは違う、確かな圧力があった。
「王の力を、見せてもらおうか」
つづく…
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