第113話 それぞれの忠義
フレイが道具を、門の扉の窪みへと差し込んだ。
重い音が扉の奥から響いた。錠が外れる音だった。
正門がゆっくりと、内側へと開いていった。王宮の広大な内部が、その向こうに姿を現した。
マリーたちは静かに、その門をくぐった。
「助かった」
マリーは、フレイを振り返った。
「礼を言う」
フレイは、何も答えなかった。
ただ俯いたまま、視線を地面に落としていた。
罪の意識が、その横顔に色濃く滲んでいた。二年前、命令に背いた。そして今、また摂政の権限を裏切りに使った。その事実をフレイ自身、まだ消化しきれずにいた。
マリーはしばらく、フレイのその様子を見つめていた。
やがて静かに口を開いた。
「フレイ」
「はい」
「なぜお前は、ハラルドに仕えている」
その声には、責める色はなかった。
「私たちと一緒に、このヴァルケリアを作り直さないか」
マリーは続けた。その目に真剣な光が、宿っていた。
「いや」
言い直した。
「力を貸してほしい」
その言葉にフレイは思わず、その場に片膝をついた。
「勿体なき、お言葉です」
声が震えていた。
「しかし、それはできません」
深く頭を下げたまま続けた。
「なぜだ」
マリーは、静かに尋ねた。
責めるためではなく、ただ知りたいという、その想いだけが声に滲んでいた。
フレイはしばらく沈黙した。
やがて静かに語り始めた。
「私の父は、病気でした」
声が掠れた。
「私には、父の薬を買うお金が、ありませんでした」
マリーは黙って、その言葉に耳を傾けていた。
「それをハラルド様が、肩代わりしてくださったのです」
フレイは続けた。その目に、静かな感謝の色があった。
「それがなければ、父は長くは生きられませんでした」
マリーは、言葉を失った。
ハラルドという男の冷酷さは、これまで嫌というほど見てきた。
しかしその同じ男が、誰かにとっては命の恩人でもある。
その事実の重さを、マリーは静かに受け止めた。
「――――」
何も言えなかった。言葉を探しても、このフレイの想いを簡単に覆せるだけのものは、見つからなかった。
フレイは顔を上げた。その目に、覚悟が宿っていた。
「マリアンネ様、どうかご無事で」
その一言に、これまでの全ての想いが、込められているようだった。
マリーはしばらく、フレイを見つめていた。
やがて静かに頷いた。
「……そうか」
小さく微笑んだ。
「ありがとう」
その様子を仲間たちは神妙な表情で、静かに見守っていた。
アリシアも、リアナも、アイリも、マイアも。
誰も何も言わなかった。
人には、それぞれの事情がある。それぞれの恩義があり、それぞれの選択がある。フレイの選んだ道を、誰も否定はしなかった。
マリーは仲間たちを振り返った。その目に迷いはなかった。
「行こう」
短いその一言に、仲間たちが静かに頷いた。
一行はフレイをその場に残したまま、王宮の奥へと足を踏み入れていった。
フレイは片膝をついたまま、その背中をいつまでも見送っていた。
つづく…
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