表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の邪術師と深紅の賢者 ~落ちこぼれ妹は闇落ちし、姉に追われながら死人を従える~  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
112/116

第112話 王女を逃がした騎士

 フレイは久しぶりに、剣を握っていた。




 その手には明らかな、ぎこちなさがあった。日々の政務や諜報の仕事に埋もれていた腕。かつては確かに鍛えていたはずの、その技術が今は鈍っていた。




 それでもフレイは剣を振るった。




 マリーを倒すつもりはなかった。




 これは、勝敗のための戦いではなかった。自分自身に、けじめをつけるための剣だった。




 剣が振り下ろされた。




 マリーはそれを、あっさりと弾いた。




 フレイは体勢を立て直し、再び剣を振るった。突き、横薙ぎ、斜めからの斬り上げ。


 どれもマリーには届かなかった。傷一つつけられなかった。


 フレイの息が、次第に上がっていった。何度剣を振るっても、結果は同じだった。




 やがてフレイは、剣を下ろした。


 肩で息をしながら、マリーを見つめた。




「二年前、あの時」




 声が静かに響いた。




「私はハラルド様に、あなたを殺すように命じられました」




 マリーの体が、強張った。




「しかし、できませんでした」




 フレイは続けた。




「私はハラルド様の命に背き、あなたを逃がしました」




 マリーは剣を構えたまま、動けなくなった。




「何だって」




 声が掠れた。




「まさか」




 記憶の奥底が、静かに揺さぶられた。




 あの夜、剣を持った見知らぬ騎士に手を引かれ、必死に走ったあの記憶。振り返ることも許されないまま、この街を後にしたあの瞬間。




「あの時の騎士か」




 マリーの声が震えた。




 フレイは静かに頷いた。




「あなたが、こうして戻ってくるとは」




 その目に、複雑な色が浮かんだ。




 思ってもいなかった。その言葉の続きは、口には出さなかった。しかしその表情が、全てを物語っていた。




 剣を握ったまま、マリーはしばらく動けなかった。




 周囲の仲間たちも遠くから、その様子を見つめていた。誰も割り込もうとはしなかった。




 この対話はマリー自身が、受け止めなければならないものだった。




「なぜ」




 マリーはようやく、声を絞り出した。




「なぜあなたは、命令に背いてまで、私を逃がしたんだ」




 フレイはしばらく沈黙した。その目に、二年間抱え続けてきた重みが滲んでいた。




「あの夜、私はあなたの寝室に向かいました」




 静かに語り始めた。




「命令通り、剣を抜いて」




 声が、わずかに震えた。




「しかし、あなたは眠っている。あまりにも無防備で、何も知らないまま」




 言葉が途切れた。




 しばらくの沈黙の後。




「剣を、振り下ろせませんでした」




 マリーはその告白を、静かに聞いていた。




「それであなたを起こし、秘密の通路から城の外へと逃がしました」




 フレイは続けた。




「その後」




 声に苦さが混じった。




「私はハラルド様に、あなたを殺したと報告しました。嘘の報告を」




「ではハラルドは、私が生きていることを知らなかったのか」




 マリーの頭の中で、様々な疑問が渦を巻いた。




「いいえ」




 フレイは首を振った。




「ハラルド様は、私の報告を信じてはいませんでした」




 静かに告げた。




「最初から」




 その言葉に、マリーの背筋が冷えた。




「あの方は、私があなたを逃がしたことを、最初から見抜いていました」




 マリーは、言葉を失った。




「それなのに、あなたを罰しなかったのか」




 かろうじて声を絞り出した。




「わかりません」




 フレイは正直に答えた。


 その目に、複雑な感情が浮かんだ。




「ただハラルド様は、私があなたを逃がしたその事実そのものを、利用していたのかもしれません」




「利用?」




「あなたが生きて、いつか戻ってくることを見越して」




 フレイは続けた。


 その声が静かに沈んだ。




「あの方は最初から今日のこの日を、待っていたのかもしれません」




 その言葉にこれまでの罠、開かれた城門、あまりにも都合よく王都の奥へと誘い込まれたこの状況。


 全てが、一つの恐ろしい可能性へと繋がっていった。




 マリーは剣を握る手に、力を込めた。




「ならなおさら私は、進まなければならない」




 声に覚悟が宿った。




「ハラルドが何を考えているのか、この目で確かめる」




 フレイはしばらく、マリーを見つめていた。


 やがて静かに、剣を鞘に納めた。




「私の負けです」




 その声に、迷いはなかった。




「あなたに剣を向ける資格は、もう私にはありません」




 マリーは、剣を下ろした。




「フレイ」




 静かに名を呼んだ。




「あなたは二年前、私を救ってくれた」




 その目に、感謝の色が宿った。




「それだけで、十分だ」




 フレイは、深く頭を下げた。




「王宮の門は、王家の血統でも開かない仕掛けがされています」




 フレイはそう告げてから、静かに続けた。




「しかし」




 懐から、小さな鍵に似た金属の道具を取り出した。




「私には摂政閣下直属の、解除権限が与えられています」




 その道具を、正門の脇にある小さな金属の窪みへと差し込んだ。




「施錠機構そのものを、一時的に解除できます」




 マリーはしばらく、フレイを見つめていた。




 やがて小さく頷いた。




「頼む」




---




 王宮の大階段。その静けさの中で二年前の真実が、ようやく明らかになった。


 しかし、その真実は新たな疑問を生んでいた。




 ハラルドは一体何をこの二年間、そして今日この日に企んでいるのか。


 その答えは、まだ王宮の奥深くに隠されたままだった。





つづく…




登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!


闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――


物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。


「このキャラの姿を見てみたい」


「戦闘シーンをもっと想像したい」


そんな方はぜひご覧ください。




▼pixivはこちら


https://www.pixiv.net/artworks/144606685

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ