第109話 颯燕、朱雀を認める
「次で、決めさせて頂きます」
ルシアンが、静かに告げた。
「あまり時間をかけられないので」
「いいだろう」
アイリは、剣を構え直した。
「それは、こちらも同じだ」
二人は構え、精神を集中させた。周囲の戦場の喧騒が遠くなっていくような感覚があった。
「颯燕――迅翔」
ルシアンの細身の剣が、光の筋となって走った。
「火炎斬・烈」
アイリの剣に、炎が渦を巻いた。
鋭い風と激しい炎が、真正面からぶつかり合った。衝撃波が周囲の地面をえぐり、砂塵が舞い上がった。轟音が戦場に響き渡った。
衝撃が収まったその後、二人は同時に膝をついた。
互角だった。どちらの技も、相手を打ち破るには至らなかった。
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「アイリに、膝をつかせた」
少し離れた場所からその光景を見ていたマイアが、驚きの声を漏らした。
「助けなくていいのか」
マリーが、心配そうに尋ねた。
「そんなことをしたら」
マイアは静かに首を振った。
「叱られるわよ」
その目はまだ戦場の中心、二人の剣士から離れなかった。
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ルシアンの内側で。
(迅翔が破られた)
その事実が静かに響いていた。
アイリもまた。
(火炎斬・烈が通じない)
同じ驚きを、噛みしめていた。
二人は同時に立ち上がった。剣を構えた。
しかし、どちらも動かなかった。
ルシアンが口を開いた。
「あなたは、この戦いに何をかけているのです」
息が、まだ整いきっていなかった。
アイリはしばらく、ルシアンを見つめた。
「朱雀の名を継ぐ覚悟と」
剣を握る手に、力がこもった。
「私を信じてくれている仲間たちの想い。そのすべてを」
目に揺るがぬ光が宿った。
「背負っている」
ルシアンの目が、わずかに細くなった。
「……なるほど」
アイリは、剣を構え直した。
「だから、私は負けられない」
その言葉には、これまでの余裕でも軽さでもない、確かな重みがあった。
ルシアンはしばらく、アイリを見つめていた。
やがて静かに、剣を鞘に納めた。
「今の僕では、あなたに勝てない」
声に悔しさよりも、むしろ清々しい諦めがあった。
「いや、僕の負けです」
「なに」
アイリの眉が上がった。
「僕には、あなたほどの覚悟はない」
ルシアンは続けた。
「こんなところで、あなたに殺されるのはごめんだ」
ルシアンは、踵を返した。
「待て」
アイリが声をかけた。
「逃げるのか」
「そう受け取って頂いても、結構です」
ルシアンは振り返った。その目に、悪びれた様子はなかった。
「あなた、名前は」
「アイリだ」
「アイリさん」
ルシアンは、微笑んだ。
「僕は、もっと強くなります」
「私もだ」
アイリは、迷わず答えた。
「そうでしょうね」
ルシアンは頷いた。
「できれば、もう会いたくありません。でも」
その目に、確かな予感が宿った。
「命総天昇剣が、僕たちを引き寄せます。その時まで、さようなら」
ルシアンはそのまま、戦場の混乱の中へと姿を消していった。
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その光景を見ていた仲間たちの間に、驚きが広がっていた。
「アイリさんと、互角だなんて」
リアナが呟いた。
「あんな剣士が、いたのですね」
マイアはまだ、ルシアンの去っていった方向を見つめていた。
「それに」
少し考えるように続けた。
「あの退き際、潔かったですね」
アリシアは、静かに頷いた。
「命を惜しんだのでは、ないでしょう」
その目に静かな洞察の色があった。
「無駄な戦いを避けただけ。そう見えました」
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王都軍の兵士たちの間に、動揺が広がっていった。
自軍の最も腕の立つ剣士が退いた。その事実だけで、これまで辛うじて保たれていた士気が、急速に崩れ始めていった。
「ルシアンが……」
「あの剣士が退かれた……」
「もう駄目だ」
誰かがそう呟いた瞬間、それが引き金になった。
王都軍の隊列のあちこちで、崩れが始まった。
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旧王国騎士団の参戦。そして王都軍最強の剣士の撤退。
二つの出来事が重なったその瞬間、戦況は完全に傾いた。
「今だ!」
アルヴィンの声が響いた。
「全軍、前進!」
北部軍団とエミールの兵、そして旧王国騎士団が、一斉に前へと進み始めた。
王都軍の隊列が、次々と崩れていった。退却の号令が、あちこちで上がり始めた。
王都軍が、敗走を始めていた。
マリーはその様子を見つめながら、剣を握る手に力を込めた。
あと少しだった。
王都の城壁が、目の前に近づいていた。
つづく…
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