第102話 私は、両方を救う
大神官は、マリーの前で足を止めた。
「殿下」
静かな声だった。
「王印を手にすれば、ご自身が王家の血を引くことを、証明できると思っておられますか」
マリーは、少し戸惑った。
「……違うのか」
「王印は」
大神官は、首を横に振った。
「血筋だけを、見るものではありません」
その目に、深い静けさが宿っていた。
「王とは何か。それを、世界樹は問います」
大神官は歩き始めた。
石造りの廊下を、奥へ奥へと進んでいった。
マリーは、その後に続いた。
他の神官たちは、誰も同行しなかった。アリシアたちも、広間に残されたままだった。
同行するのは大神官、ただ一人だった。
自分自身の足で進む。
誰かに、王にしてもらうのではなく。
自分自身で、その場所へ辿り着く。
その意味をマリーは、歩きながら噛みしめていた。
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やがて辿り着いた場所は。
巨大な世界樹の根が、幾重にも絡み合った広間だった。
根が天井を支え壁を覆い、床にまで伸びていた。神殿全体が、この一本の巨木の内側にあるかのようだった。
その中央に。
石造りの祭壇があった。
祭壇の上には、何もなかった。ただの平らな石の台座だった。
大神官は、祭壇の前で膝をついた。
古い言葉を唱え始めた。マリーには理解できない、太古の響きだった。
世界樹の根が、低く鳴った。
大神官が告げた。
「初代国王より受け継がれし、王印よ」
「ここに、王家の血を引く者が立つ」
「その者を、見定めよ」
祭壇の周囲にある根が、動き始めた。
一本。
また、一本。
根が絡み合いその中央に、黄金色の光が生まれた。
光は次第に強くなっていった。神殿全体が、その輝きに包まれていった。
やがて、根の内部から。
古い黄金の王印が、姿を現した。
小さな円形の紋章だった。太陽と樹木を組み合わせたような意匠が、そこに刻まれていた。
大神官は、頭を下げたまま言った。
「お取りください、殿下」
マリーは手を伸ばした。
指先が震えていた。
しかし。
触れる直前で。
世界樹の光が。
消えた。
広間が闇に沈んだ。
「――え」
マリーの声が、宙に浮いた。
失敗したのか。
偽物だと、判断されたのか。
様々な想像が、頭を駆け巡った。
しかし。
大神官は、慌てなかった。
「まだです」
落ち着いた声だった。
その瞬間。
世界樹の根が。
一本だけ。
マリーの目の前へと、伸びてきた。
「世界樹が」
大神官は告げた。
「あなたに、問うているのです」
神殿全体が、完全な闇に包まれた。
マリーの視界だけが。
別の場所へと、引き込まれていった。
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気づけばマリーは、白い空間に立っていた。
何もない、果てのない白だった。
その中に。
景色が、浮かび上がった。
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一つ目の光景。
自分が王座に座っていた。
国は平和を取り戻していた。
民は豊かに暮らしていた。
しかし。
その傍らに。
誰もいなかった。
アリシアも、リアナも、アイリも、マイアも。
その誰の姿も、なかった。
王印を手にし王になった。
その代わりに。
仲間たちは、全員失われた。
マリーだけが生き残り、王として国を取り戻す。
その未来。
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景色が変わった。
二つ目の光景。
自分は王ではなかった。ただの一人の女性として、どこかの村で暮らしていた。
傍らに。
アリシアが、リアナが、アイリが、マイアが。皆笑って、そこにいた。
王になる資格を捨てた。
その代わりに。
仲間たちは、生き残った。
王女ではなく、ただの一人の女性として生きられる。
その未来。
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二つの景色が、マリーの目の前で並んでいた。
選べと。
声にはならない圧力が、そこにあった。
マリーはしばらく、その二つの景色を見つめていた。
やがて、口を開いた。
「こんな選択を」
声が震えていた。しかしその震えは、恐れではなかった。
「王になる条件にするのか」
世界樹は答えなかった。
ただ静かに、そこにいるだけだった。
マリーは、続けた。
「国を守るために、仲間を犠牲にする王なら」
拳を握りしめた。
「私は、なりたくない」
そして。
「でも」
マリーの声に、力がこもった。
「仲間を救うために、国を捨てることもできない」
二つの光景を見据えた。
「私は」
その目に迷いは、もうなかった。
「両方を、救う」
つづく…
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