第100話 忠義、再び
巡礼路の入口。
伝令を受けて駆けつけたアリシアたちの一行、その中にマリーの姿があった。
アルヴィンは、街道をまっすぐに歩いた。兵士たちの視線が、その背中に集まっていた。
マリーの前に立ったその瞬間、アルヴィンは迷わず片膝をついた。
「マリアンネ様」
深く頭を垂れた。声がわずかに震えていた。
マリーはしばらく、その姿を見つめていた。
記憶の中のアルヴィンは、いつも父の傍らに控えていた。若い頃の凛々しい姿だった。今、目の前にいる男は、あの頃より年を重ね、髪にも白いものが混じっていた。それでも、見間違えるはずがなかった。
「久しぶりだな、アルヴィン」
声が自然と柔らかくなった。
「お前も生きていたか」
「はい」
アルヴィンは、顔を上げなかった。
「生き恥を、さらしておりました」
その言葉に、マリーの胸が痛んだ。
「何を言う」
声に力を込めた。
「お前が生きていてくれたこと。それだけで、私は十分に嬉しい」
「もったいない、お言葉です」
アルヴィンの声がさらに震えた。喉の奥で、何かを堪えているようだった。
マリーは一歩前に出た。アルヴィンの傍らに膝をつき、視線を同じ高さに合わせた。
「アルヴィン」
名を呼んだ。
「力を貸してほしい」
アルヴィンはようやく顔を上げた。その目に涙が滲んでいた。
「もちろんでございます」
迷いのない答えだった。
「この命、あなた様のものと、お考えください」
マリーは小さく頷いた。それから遠く、神殿の方角を見やった。
「神殿の封鎖を、解いてほしい」
「かしこまりました」
アルヴィンは立ち上がった。
振り返り、自分の部下たちを見渡した。その顔つきが、これまでとはまるで違っていた。長年迷いなく従ってきた命令の鎖から、解き放たれたかのような、そんな表情だった。
「全軍に通達する」
声が、街道全体に響いた。
「北部軍団は、これより」
一拍置いた。
「正統なる王家、マリアンネ・ヴァルケリア殿下に、忠誠を誓う」
その宣言に、兵士たちの間に大きなざわめきが広がった。
困惑する者。安堵する者。中には静かに涙を拭う老兵の姿もあった。
二年前のあの日から、誰もが心のどこかで、失われた正統な王家のことを覚えていた。それを口にすることすら、許されない状況が続いていた。
その鎖が今、静かに解かれようとしていた。
マリーはその光景を見つめながら自分が今、確かに何かを動かし始めているという実感を、胸の内に噛みしめていた。
「待て」
甲高い声が、その場の空気を切り裂いた。
黒い礼装に身を包んだ男が、兵士たちの間から前へと進み出た。細い体躯。神経質そうな目つき。腰に下げた剣は、実戦のためというより、権威の象徴のように見えた。
「アルヴィン将軍」
男の声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
「あなたは、何を言っている」
アルヴィンが振り返った。その表情が、わずかに険しくなった。
「……監察官、ギルベルト」
名を呼ぶ、その声にも苦々しさが混じっていた。
「摂政閣下の命令は、神殿封鎖だ」
ギルベルトは、まくし立てた。
「その命令を撤回する権限は、あなたにはない」
兵士たちの間に、動揺が広がった。
先ほどまでの忠誠の宣言と、目の前の監察官の存在。二つの板挟みになった様子が、その視線に表れていた。
ギルベルトはその動揺を見て取ると、声を荒げた。
「この男は反逆者だ、拘束しろ!」
しかし誰も動かなかった。
命令が宙に浮いたまま、消えていった。
アルヴィンが静かに言った。
「誰も動くな」
声は低く、確かな重みを持っていた。
「この責任は、私が負う」
ギルベルトの顔が、赤黒く染まった。
「ならば」
剣を抜いた。
「私が執行する!」
その切っ先がアルヴィンへと向けられようとした瞬間、赤い影が動いた。
アイリだった。一瞬で間合いを詰めていた。
「黙れ」
剣がギルベルトの首元に、突きつけられていた。
冷たい刃の感触に、ギルベルトの顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「ひ……」
言葉にならない声が漏れた。剣を握る手が震え、やがて力なく地面に落ちた。
監察官ギルベルトは、その場で拘束された。
兵士たちの手によって、縄を打たれ連行されていく。その後ろ姿を、誰も憐れむ様子はなかった。
アルヴィンは、改めて部下たちに向き直った。
「柵を撤去しろ」
声が、街道全体に響いた。
「神殿への道を開ける」
兵士たちが動き始めた。
これまで街道を塞いでいた木柵が、一本また一本と外されていった。
閉ざされていた参道が、少しずつその姿を取り戻していった。
---
その様子を遠巻きに、見つめる人々の姿もあった。
封鎖される前から、この近くに留まっていた巡礼者たち。行き場を失っていた旅人たち。
彼らの間で、静かに囁きが広がっていった。
「本当に王女様、なのか……」
「まさか、生きていらしたとは」
「あのお顔は、確かに……」
噂は風に乗るように、周囲へと広がっていった。
マリーは、開かれていく参道を見つめていた。
その先に、まだ封じられたままの神殿がある。
しかし目の前のこの光景だけで、何かが確かに変わり始めていることを、実感していた。
つづく…
登場キャラクターのイラストをpixivで公開中です!
闇に堕ちたリリム、賢者アリシア、悪魔に魂を売った女ヴァレリア――
物語に登場するキャラクターたちを、高品質イラストとして制作しています。
「このキャラの姿を見てみたい」
「戦闘シーンをもっと想像したい」
そんな方はぜひご覧ください。
▼pixivはこちら
https://www.pixiv.net/artworks/144606685




