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【監禁】7日後に死ぬヤンデレと僕。~死に戻りで死亡エンドを絶対回避してやる~  作者: 緋村 獏


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8/11

全部



 葵がテーブルの向かいに座った。


 前回一緒に食事をしたときと同じ位置。でも今回は、葵の目がちゃんとこっちを見ていた。泣いた後の赤い目で、まっすぐ。


 聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいかわからなかった。でも一番最初に出てきたのは、ずっと気になっていたことだった。


「葵ちゃんは、僕がいなくなった後も、あの施設にいたの?」


 葵が小さく頷いた。


「奏多くんが出ていった後も、しばらくいた。……わたしは『卒業』できなかったから」


「卒業って——奥の部屋に、記録があった。卒業した子供の行き先が、全部塗りつぶされてた。あれは何」


 葵の顔が強張った。しばらく黙っていた。


「……あの施設は、普通の孤児院じゃなかった」


 声が低かった。今まで聞いたことのない声。


「子供たちに検査をしてた。何の検査かは、わたしにもよくわからない。でも——『卒業』した子は、どこかに連れていかれた。帰ってきた子はいない」


「連れていかれて、どうなったの」


「わからない。でも——いいことじゃないと思う」


 葵の手が膝の上で握られた。


「わたしは、ある夜、先生たちの話を聞いちゃったの。聞いちゃいけない話を。それからは——外出禁止になって、他の子供たちとも隔離されて」


「処分保留、って書いてあった。きみの名前の横に」


 葵が息を呑んだ。あの記録を見たことに気づいた目だった。でも怒らなかった。


「……うん。消される予定だった。でも——逃げた。地下に隠れて、ずっと」


「ずっとって——何年も?」


「何年も」


 静かな声だった。


「施設は閉鎖されたけど、地下のことは誰も知らなかった。上は廃墟になって、誰も来なくなった。食べ物は——最初は備蓄があって、それがなくなってからは夜に外に出て」


 一人で。何年も。この地下で。


 僕が学校に行って、コンビニで弁当を買って、平野と昼飯を食べていた間、葵ちゃんはここにいた。暗い地下で、一人で生き延びていた。


「……それで、僕を見つけたの?」


「奏多くんのことは、ずっと探してた」


 葵が僕を見た。まっすぐ。


「見つけたのは——二年くらい前。奏多くんが高校に入った頃。制服を着て歩いてるのを、たまたま見かけて」


「二年」


「……うん」


 二年。あの写真の中で一番古いものは夏服だったけど、もっと前から見ていたのか。


「どうして——声をかけなかったの」


 葵が小さく首を振った。


「かけられないよ。奏多くんは普通に暮らしてた。友達がいて、学校があって。わたしなんかが出ていったら——全部壊しちゃう」


 わたしなんか。その言い方が胸に刺さった。


「でも見てたんだね」


「……ごめんなさい」


「怒ってるんじゃないよ。ただ——」


 言葉を探した。


「二年間も、ずっと一人で見てるだけって。つらくなかった?」


 葵が目を逸らした。答えなかった。答えなくてもわかった。




---




「——僕の頭を殴ったの、葵ちゃんじゃないよね」


 後頭部に手をやった。もう痛みはない。薬のおかげで。でも最初に目覚めたとき、血がこびりついていた。


 葵が首を横に振った。


「あれは——あの人たち」


「あの人たちって?」


「施設のことが外に漏れたら困る人たち。普通に退園した子が、何かを思い出したり、誰かに話したりしないように——監視してる」


「僕も?」


「奏多くんも。でも奏多くんは施設のことを何も覚えてなかったから、しばらくは放置されてた。でも最近——動き始めた」


「動き始めたって……」


「奏多くんを消すために」


 声が震えていた。でも目は逸らさなかった。


「わたしはそれをずっと見てた。あの人たちの動きを追いながら、奏多くんを見てた。あのノートも、地図も、全部そのため。赤いマーカーは奏多くんの行動範囲。青いマーカーは——」


「あの人たちの位置?」


 葵が頷いた。


 あの地図の意味がやっとわかった。葵は僕をストーキングしていたんじゃない。僕を監視している連中を、さらに監視していた。


「あの夜、帰り道で——あの人たちに殴られたのを、葵ちゃんが見つけたの?」


「奏多くんが倒れてるのを見つけたときは——」


 声が詰まった。


「もう間に合わないかと思った。頭から血が出てて。でも息はあったから、ここに連れてきた。頭を殴られてたから、お薬を用意して——」


 薬の意味が全部繋がった。頭部打撲の治療薬。最初から、葵は僕を治そうとしていた。僕がずっと拒否していた、あの白い錠剤。


「枷は?」


「……ごめんなさい」


 二度目の「ごめんなさい」。同じ言葉なのに、さっきより小さかった。


「目が覚めたら、奏多くんはきっとパニックになると思った。外に出ようとすると思った。でも外にはあの人たちがいる。出たら——殺される。だから」


 枷。あの枷は、外に出て殺されないための拘束だった。




---




 しばらく黙っていた。二人とも。蛍光灯のチカチカだけが響いていた。


 もう一つ、聞かなきゃいけないことがある。一番怖い質問。でも、ここまで来たら聞かないわけにはいかない。


「葵ちゃんは——僕を、殺そうとしてる?」


 葵の肩が跳ねた。顔が強張る。


「この前……一緒にごはんを食べた日の夜。葵ちゃん、僕の首に手を回したよね」


 葵の顔から血の気が引いていくのが見えた。


「あれは——何をしようとしてたの」


 長い沈黙だった。今までで一番長い。


 葵の目に、涙が溜まっていった。


「……逃げ切れないって、思ったの」


 声が絞り出すように小さかった。


「食料もそんなに持たない。外に出れば見つかる。見つかれば場所がバレる。ここにいても、いずれ——」


 葵の目に、あの光が浮かんだ。七日目の夜の、焦点のずれた目。でもすぐに消えた。今の葵は、あの仮面を被っていなかった。


「捕まるくらいなら。あの人たちに奏多くんを渡すくらいなら——わたしの手で」


 その先は言わなかった。でも意味はわかった。


 逃げ切れないと思ったとき、葵は僕を殺すことを選ぶ。あの人たちに渡すよりは、自分の手で。


「……最初から、そのつもりだったの」


「ううん。最初は——ここで隠れてれば、そのうちあの人たちも諦めると思ってた。でも、日が経つにつれて——ダメだって」


「何がダメだったの」


「あの人たちは諦めない。外の巡回が増えてるのがわかる。食料を取りに行くのも、前より危なくなってる。いつかここが見つかる。時間の問題だって」


 葵の手が膝の上で震えていた。


「見つかったら——奏多くんが連れていかれる。あの子たちと同じ場所に。それだけは絶対に嫌だった」


 全部繋がった。


 葵は僕を守ろうとしていた。ずっと。最初から。枷も、薬も、食事も、全部。でも守り切れないと悟ったとき——僕を殺すことを選んだ。あの人たちに渡すくらいなら、と。


「……ごめん」


 自然と出ていた。


 葵が首を横に振った。


「奏多くんは悪くない。何も知らなかったんだから。知らない場所で知らない人に閉じ込められて——怖かったでしょ」


 知らない人。葵は自分のことをそう言った。




---




「葵ちゃん。一緒に、ここを出よう」


 葵が顔を上げた。


「外に出て、二人で逃げよう。追手がいるのはわかった。でもここにいたら同じことの繰り返しだよ。奥の部屋に記録が残ってる。あれを持って、然るべきところに届ければ——」


「でも——外には」


「葵ちゃんは今まで一人で追手を見張ってたんでしょ。一人でここまでやったんでしょ。今度は二人だよ」


 葵は黙っていた。目が揺れていた。唇を噛んでいた。


「僕は、もう何も知らない奏多じゃない。全部思い出した。葵ちゃんのことも、施設のことも。だから——一人にしない」


 一人にしない。


 その言葉を言ったとき、葵の目から涙がこぼれた。今度は声を殺さなかった。小さく、震える声で泣いた。


「……うん」


 頷いた。


「うん。……一緒に、出よう」


 声は震えていたけど、頷いた。


 初めて、七日目の向こう側が見えた気がした。




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