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【監禁】7日後に死ぬヤンデレと僕。~死に戻りで死亡エンドを絶対回避してやる~  作者: 緋村 獏


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 女の顔から、表情が消えた。


 まずい、と思った。怒らせたか。聞くべきじゃなかったか。今までの七日間で積み上げた、かろうじての均衡を壊してしまったか。


 沈黙が長かった。蛍光灯のチカチカだけが聞こえる。


 女が口を開いた。


「……どうして、その名前を知ってるの」


 聞き返された。今まで一度も、この女の方から質問されたことはなかった。「ダメ」と「大丈夫」と「ごめんね」。それだけの人だった。


 声が震えている。怒りじゃない。もっと別の——怯えに近い何か。


 部屋を探ったとは言えない。


「……夢に見た。古い建物。子供たちがいて、僕もいた。ひまわり園って——そんな名前だった気がする」


 嘘は半分だけだ。フラッシュバックで見えた食堂は嘘じゃない。ただ写真がきっかけだったことを隠しただけ。


 女は僕の顔をじっと見ていた。嘘を見抜こうとしているのか、別のことを考えているのか。


 何も言わなかった。テーブルにトレイを置いて、出ていった。


 答えなかった。でも——否定もしなかった。




---




 六日目。


 朝の食事を持ってきた女が、いつもよりほんの少しだけ長く部屋にいた。


 トレイを置いて、薬を出して、いつもならすぐに踵を返す。でも今日は扉の前で立ち止まった。背中を向けたまま、何か言おうとして、やめて、出ていった。


 昼の食事のとき、また同じだった。トレイを置く。薬を出す。立ち上がる。扉に向かう。止まる。


 僕から声をかけた。


「僕のこと、前から知ってた?」


 女の背中が強張った。振り返らない。


 長い間があった。


「……ずっと前から」


 小さな声だった。聞き逃しそうなくらい。でも確かに聞こえた。頷いていた。


 認めた。この女は認めた。ずっと前から僕を知っていたと。


「なんで——僕をここに連れてきたの」


 女は振り返った。僕の顔を見た。何か言いかけて、口を閉じた。目を逸らした。


「……ごはん、冷めるよ」


 それだけ言って、出ていった。




---




 七日目。


 最後の日だ。今夜、また殺される。わかっている。何回目だろう。もう数えたくない。


 でも今回は——殺される前に、少しでも知りたいことがある。


 朝の食事。女がトレイを持って入ってくる。テーブルに置く。振り返る。


「——一緒に、食べない?」


 女が固まった。


 トレイを持ったまま、中途半端な姿勢で止まっている。目が少しだけ見開かれていた。


 自分でも何を言っているのかわからなかった。七回殺された相手に、一緒に食べようと言っている。でもあの独り言が頭から離れない。「ちゃんと食べてくれた」「よかった」。あの声が。


「……いいの?」


 聞き返された。遠慮するように。戸惑うように。人を監禁している側のセリフじゃなかった。


「うん」


 女はゆっくりと、テーブルの向かい側に座った。


 トレイの上を見た。おにぎりじゃなかった。小さな器に白いご飯。味噌汁。卵焼きと、きんぴらみたいな副菜。初めて見るちゃんとした食事だった。二人分はないから、僕の分だけだ。女は何も食べない。手を膝の上に置いて、僕が食べるのを見ている。


 ぎこちない沈黙だった。敵意はない。殺意もない。ただ、どうしていいかわからない二人が向かい合って座っているだけ。


「……おいしい?」


 小さな声で聞かれた。


「うん。卵焼き、おいしい」


 女が笑った。


 七日目の夜の笑顔とは違った。あの満ち足りた、焦点の合わない笑顔じゃない。もっと小さくて、ぎこちなくて、すぐに消えてしまいそうな笑い方だった。口元だけが少し上がって、目はどこか不安そうで。


 こんな顔もするんだ、と思った。


「きみの名前、教えてくれない?」


 聞いてから、心臓が跳ねた。踏み込みすぎたか。また黙られるか。


 女はしばらく黙っていた。味噌汁の湯気が、二人の間でゆらゆら揺れていた。


「……葵」


 小さな声だった。


「葵」


 繰り返した。口に出してみる。あおい。知らない名前のはずだ。記憶のどこにも引っかからない。フラッシュバックも来ない。


 でも——声に出したとき、舌に馴染む感覚があった。初めて言った言葉じゃないみたいな。


「葵——さん?」


「……呼び捨てでいいよ」


 また、あの小さな笑い方をした。


 僕を殺す女が、名前を呼び捨てにしてほしいと言っている。わけがわからない。怖いのか嬉しいのかもわからない。


 聞きたいことはまだある。ひまわり園のこと。写真のこと。なんで監禁しているのか。なんで殺すのか。全部聞きたい。でも一度に聞いたら、また壁を作られる。


 一つだけ。あと一つだけ。


「葵。僕のこと——殺すの?」


 笑顔が消えた。


 葵の目が伏せられた。膝の上の手が、ぎゅっとスカートの布を握った。


 答えなかった。立ち上がって、トレイを持って、出ていった。


 扉が閉まる音だけが残った。




---




 七日目の夜が来た。


 足音が聞こえる。ゆっくりした足取り。扉が開く。


 葵が入ってきた。食事のトレイを持っていない。テーブルを片付け始める。丁寧に。一つ一つ。


 笑顔。あの笑顔。穏やかで、満ち足りていて、目の焦点がずれている、あの笑顔。昼間の不器用な笑い方とは、まるで別の顔。


「ねえ、奏多くん」


「やっと、ふたりきりだね」


 いつもと同じ言葉。同じ順序。同じ声。何回聞いたかわからない。


 でも今回は、僕は逃げなかった。立ち上がらなかった。ベッドに座ったまま、葵の目を見た。


「葵」


 名前を呼んだ。


 葵の足が止まった。笑顔のまま、固まった。


「僕のこと、殺したくないんでしょ」


 根拠はない。証拠もない。ただ——昼間のあの顔を見て、そう思った。卵焼きがおいしいかと聞いたときの、あの不器用な笑い方。名前を呼び捨てにしてほしいと言ったときの、あの声。


 僕を殺す人間の顔じゃなかった。


 葵の笑顔が、ゆっくりと崩れていった。口元が歪む。唇が震える。目の焦点が——戻ってくる。遠くを見ていた目が、僕を見た。ちゃんと、僕を見た。


「……関係ないよ」


 声が掠れていた。


「もう——関係ないの」


 葵が近づいてくる。しゃがんで、僕の顔を覗き込む。頬に手を伸ばす。冷たい指先。でも今回は、愛おしそうに撫でる動作の中に、躊躇があった。指先が微かに震えている。


 首に腕が回される。


「ごめんね」


 いつもの言葉。でもいつもより小さかった。


 力が入るまで——少しだけ、間があった。


 いつもはすぐだった。抱きしめるように腕を回して、そのまま締める。迷いなく。でも今回は、数秒の隙間があった。腕が首に回されたまま、力が入らない時間。


 その数秒で——僕は葵の顔を見ていた。


 泣いていた。


 初めて見た。今まで七日目の夜の葵は笑っていた。ずっと笑っていた。でも今回は——笑えなくなっていた。


 ——締まる。


 視界が暗くなっていく。


 葵の泣き顔がぼやけていく。涙で歪んだその顔を見ていたら——別の顔が重なった。


 小さな女の子の顔。泣いている。「行かないで」と言っている。長い黒髪。僕の袖を掴む小さな手。食堂の匂い。「かなたくん」と呼ぶ声。


 ——葵ちゃん?


 あの子だ。ひまわり園で、いつも隣にいた——


 口が動いた。声にならなかった。喉はもう潰れている。


 暗転。



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