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092. 日常

 



 変わらない日々が戻ってきた。旅に出る前の、城でのゆっくりとした日々。


 舞姫に関わる練習は続いているが、それでも、時間に追われた移動や、焦燥感を抱えながら過ごしていたことを考えれば、気持ちにもかなり余裕が出来ていた。城の人々からの尊敬や畏怖の色は強くなっていたが、友歌には、それよりもレティの半泣きの方に参っていた。


 サーヤの想像通りと言うか、レティは友歌を視界に収めた瞬間、一気に涙を溢れさせたのだ。もちろん、堪えてはいたが、それがまた痛い痛しくて仕方がない。


 ――心配させてしまっていたのだと、そして、道中はそれを気に掛けてしまわないよう耐えていたのだと気付き、友歌は謝罪と感謝を伝えた。





















 *****





















「…おはよう、レイ。」




 友歌の日課は、毎朝、舞姫の練習に行く前に、レイオスの部屋を訪れることから始まる。眠り続けているだけだというレイオスは、一時医務室にその体を横たえていたが、命には支障がないため、その場所へと移った。


 どちらかといえば、警備のしにくい医務室の方が危険だという判断らしい。命を狙われるということにピンとこない友歌だったが、その方が会いに行きやすいのも確かなので、言及することはなかった。


 ――少しずつ、レイオスは体を動かすようになった。馬車に乗っていた時も、城に戻る道中の後半にその傾向は現れていた。


 ただ、やはりベッドという体に優しい寝具が、回復を促しているらしい。いくら補強と加工を重ねたとはいえ、馬車ではそれも効果が薄いだろう。


 起きるのも、おそらくはすぐだろうと医師は言った。意識が少しずつ浮上してきているため、だいたいは普通の眠りと変わらないという。


 欠片が奪った、体力と精神の消耗。それによる強制的な眠りから、生きるものとして当然の生理現象へ。


 それの持つ意味は、とても大きい。




 ピールル、




「…もうちょっとだけ、ね。」




 肩に乗った、拳ほどの鳥が鳴いた。旅に出る時に置いていった小鳥は、少しだけ成長し、灰色の体はそのままに、大きくなった翼や伸びた尾の先が蒼く色づいていた。


 綺麗なグラデーションで華麗に育った鳥は、成鳥の鳴き声なのか、綺麗な音を嘴《くちばし》から発した。ほんのりと、ちゃんとした重みを感じるようになった鳥に、無事に育ってくれた喜びを感じつつ、友歌はその頭をくりくりと撫でる。


 おそらく、練習に行けとでも急かしているのだろう。友歌の居ない間に、レティと親睦を深めていたらしい鳥は、場合によっては友歌よりもレティの言うことを聞く。


 それでも、ご主人様は友歌だと言わんばかりに友歌に引っ付くため、一体知能はどれほどなのかと首を傾げつつ、今日も友歌はほんの少しの延長を願い出た。


 帰ってきてから、すでに毎日の恒例となっているやり取りだ。それに慣れているらしい鳥は、また美しく鳴きながら、翼の手入れをし始めた。


 それを視界の端で見つめ、友歌はレイオスに視線を戻す。――時折、頬や口元が動き、指先も反応を示す。


 友歌は見たことがないが、この間は寝返りを打っても見せたらしい。




「…王子様がそのまんまで、どうすんのよ。」




 二番目とはいえ、レイオスは立派なラディオール王国の跡取りだ。兄のライアンほどではないにしろ、その補佐的な仕事も回されている。


 きっと起きた後は、しばらく会う暇もないくらいに働きづめになってしまうに違いない。だから、出来れば自分が来ているうちに起きて欲しい。


 一番に、謝罪と、感謝を伝えたかった。




 ピピピ…ピールル、




「も、ちょっとだけ。」




 いつもなら、ここで友歌は後にする。けれど、あと少しだけと、友歌はじっとその姿を見ていた。




 ――コン、




「申し訳ありません、王子の世話に来た者ですが。

 失礼させてもよろしいでしょうか?」


「、あ…。

 はい、すみません…どうぞ。」




 扉が叩かれ、向こう側から女性の声が聞こえた。それに振り向き、友歌は答えた。


 ゆっくりと入ってきたのは、蒼い髪の、年配の女中だった。入ってきたその人は、入るとすぐにそこに傅《かしず》いた。




「お初にお目にかかります、精霊様。

 女中頭、マリーヌと申します。」


「あ、初めまして…友歌といいます。」




 反射的にぺこりと頭を下げた友歌だったが、はて、どこかで聞いた名前だと首を傾げる。否、聞いたことがあるのは確かなのだが、どこか身近なところでその名前が挙がっていたような気がするのだ。


 けれど、怒濤の旅のせいで、記憶の奥底に沈められてしまっていた。その様を見て、だいたいの当たりをつけたのだろうか、マリーヌはそっと微笑んだ。




「幼少の頃、セイラーム様の裁縫をお教えさせていただきました。

 その縁で、今でもお話させていただきます。


 貴女様のことは、よくお聞きしていますよ。」


「…あ、ああ!」




 合点がいった友歌は、大きく頷いた。そう――王族の人たちとの話で出てきたのだ。


 一人納得している姿を見つめ微笑むと、マリーヌは断りを入れてから立ち上がり、レイオスの周りをそっと掃除し始めた。


 一つの埃をたてることもなく、手慣れた様子でシーツの皺を伸ばし、精霊魔法動かしているのか、腰に付けていた小さな壺から水を宙に浮かせると、床や壁を撫でていく。どんどん水の中に汚れなどが移っていくのを見て、そんな使い方もあるのかと友歌は感心した。


 熟練の技を感じるそれは、確かに女中をまとめ上げている風格を感じられる。大人しくそれを見ていた友歌は、ふと邪魔になってやしないかと慌てた。




「どうかなさいましたでしょうか?」


「え、あ…いえ、大丈夫です。

 そろそろ舞姫の練習に向かわなければ、と。」


「まあ。」




 そっと口元に手をあて、マリーヌは微笑んだ。




「すみません、失礼しますね。」


「いいえ。

 こちらこそ、王子との時間をお邪魔してしまい…。」


「いやいやいや、そんな!」




 この時間帯に、この部屋の一日の最初の掃除がされているのを友歌は教えられていた。実際はもう少し早めからだったらしいのだが、友歌が訪れるにあたり、時間をずらしてもらっているのだ。


 そこまで我が儘を言っているのに、さらにごり押しするなどと、いくらレイオスの精霊といった立場とはいえ、それでは色々と問題がある。それに、その掃除をしているのがマリーヌだと言うなら、女中頭という立場上、誰より忙しいはずなのだ。


 ぶんぶんと首を横に振る友歌に、マリーヌは目を細めてそっと笑った。




(、…………?)




 ふと、その笑顔に誰かの面影を見た気がして、友歌は息を詰める。けれど、一瞬後にはまた静かな微笑みに戻っており、友歌はそっと首を傾げた。


 一度気になってくると、他の部分までもが誰かに似ている気がする。特に、どこか雰囲気までもが誰かに似ているようで、友歌はああ、と、一人頷いた。




(クロナさんに、似てるのかな。)




 温かな、母の愛情のような雰囲気。それは、クロナに通じるものがある。


 となると、先程の笑顔もクロナを思い出したのだろう、と友歌は答えを出した。マリーヌは横にはけ、道を塞がないようにしながら頭を下げている。




「…レイオス王子、のこと…よろしくお願いしますね。」




 王族の身辺の者を、そうそう変えるはずがない。おそらく、サーヤの代わりに借り出されているのだろうマリーヌに、通り過ぎる時に立ち止まってそう言った。


 それに、マリーヌはくすりと、小さく笑う。




「――こちらこそ。

 王子のこと、よろしくお願いいたします。」




 慈愛に満ちた声。クリス王妃も、マリーヌには全幅の信頼を置いていた。


 レイオスのこともとても気にしているようで、友歌は見えない絆を感じ取った。やはり、女中頭ともなると、そういうものも必要であるらしい。


 自身には関係のないことではあるが、どことなく嬉しくなった友歌は、そっと頭を下げ、扉の取っ手に手を掛けた。一瞬だけ振り返り、横たわるレイオスを視界に収めると、静かに廊下に出た。


 レイオスの部屋の扉を閉め、友歌は舞姫の練習を行う場所へと急ぐ。静かにやり取りを見ていた鳥は、やっとかと小さく鳴き、友歌は返す余裕もなく目的地へと足を進めていった。











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