皇宮
衛兵からのお墨付きをもらったわたしたちは、もう一度馬車に乗って皇宮の門・皇藍門を通り抜けると、まずは樹衣の居所である東宮で馬車を止めた。いきなり皇帝の御所に出ていくのはかなり無礼だし、旅装のままだとかなり緩い格好になってしまうから、東宮で体を休め、身支度をしてから皇帝に拝謁するのだ。
「ここに泊まるのは二度目だわ」
わたしが呟くと、樹衣がわたしの肩を抱き寄せる。
「あの時は、俺との旅に出てほしいと言ったのだったな」
「ええ。その結果、わたしたちは恋人になって、わたしが記憶を思い出して、八年間離れ離れになる羽目になったのですよね」
わたしは敢えて悪いことのように言ったが、失踪したのも貴重な体験だった。鈴楽団の面々に会えたし、子供たちを伸び伸びと自由に育てることができた。わたしが物思いに耽っていると、樹衣がクスッと言って笑った。
「お前の行方が分からない間、気が気では無かった。もう二度と、あんなことはしないでくれ。それと、もう今更だが、お前が記憶を失う前に俺がした仕打ちを黙っていてすまない。あのことさえ言っていれば、お前が行方をくらますことなどなかったのに」
樹衣の苦虫を噛み潰したような表情と深い後悔の念を滲ませる深紅の瞳を見て、わたしは樹衣の頭を撫でた。わたしに頭を撫でられた樹衣は驚いたように目を見開く。
「もう良いのです。あの時はまだ心が幼くて、その場の感情のままに動いてしまいましたが、今考えると軽率で感情的で、あまりにも幼稚でした。それに、逃げた後は子供たちを産んで、二人の安全が確実ではなかったので、戻る決心がつかなかったのです」
そう。実は、鈴楽団に入れてもらってからの数ヶ月間、別にもう戻っても良いのではないか、と考えたのだ。でもそんな最中で妊娠の判明だ。戻れるわけがない。わたしが微笑むと、樹衣は切なそうな顔をする。これは強がりではない。だから、あなたがそんな顔をする必要はないのですよ、樹衣。わたしはそう言おうと思ったが、やめた。彼が笑顔になるためには、わたしの心に想いを馳せ、しつこいくらいに悲しみ切ることが大切だと思った。
「ねね、母様と父様って、本当に仲がいいね」
「そうね。私もこんな風になりたいなぁ」
完全に二人だけの世界に入っていたわたしたちは、こそこそと潜められた声で現実に引き戻された。樹衣の方を見ると、彼もこちらを見ていた。そして、わたしの耳元に顔を寄せて囁く。
「鈴桜が結婚するなんて、俺が認めた相手以外は許さない」
「樹衣。娘の結婚相手くらい、本人に決めさせてやって下さい。父親が認めないと本当に好きな人と結婚できないなんて、あまりにも可哀想ですわ」
わたしが呆れた顔と声を向けながら馬車を降りると、樹衣も馬車を降りながらバツの悪そうな顔をした。もちろんわたしも鈴桜の結婚相手は信頼できる人が良いとは思っているが、樹衣の判断基準は高そうだ。そんなことを考えていたわたしに、菻明が声をかけてきた。
「お姉さま。少し内密のお話があるので、のちほどお耳を貸していただいてもよろしいですか?」
「分かったわ」
わたしはそう返事をして、樹衣に導かれながら東宮に入っていった。




