交渉
わたしは樹衣に向き合った。
「央都に行くということは、この楽団から離れることでしょう?父様に許可を取らなければいけないんです」
「父様?誰のことだ?」
樹衣がそう思うのも無理はない。わたしの父は今の団長である晶さんでこれで三人目だ。
「団長のことです。樹衣の元から逃げていたわたしと菻明と雲風を拾ってくれたんです。その際に、偽装しやすくなるように、父様の生き別れの娘という設定になりました。今では実の父と実質的な父以上の父親です」
わたしがそう説明すると、樹衣はフッと笑った。
「団長のことが大好きなのが話し方だけで伝わってくる。実の父と実質的な父と言った時、声の温度がかなり違ったぞ」
そんなに変わっていたのだろうか。さすが樹衣。わたしのことをよく見て聞いている。
「本人でも分からないのに、あなたには分かるんですね」
「ああ、俺は美美と子供たちしか見ていないからな」
ドヤ顔の樹衣にわたしは苦笑いをする。これは、かなりの重症だ。
「そのような調子では、皇帝として務まりませんよ」
わたしが呆れた声で言うと、彼は首を振った。
「いや、俺は美美がいれば仕事が捗るんだ。だから心配はいらない」
まともやドヤ顔の樹衣にわたしは溜め息をついた。この調子はいつまで続くんだろう。
「もう良いから、早く父様の部屋へ行きますよ!央都に戻るのが遅くなっても良いんですか?」
わたしがそう訊くと、樹衣は慌てたような顔になった。
「分かった。団長の部屋はどこだ?娘婿としてご挨拶したい」
「そういうところは真面目なんですね」
わたしがスッと半眼になると、樹衣は苦笑した。
「ああ。流石にその辺の教育は受けているからな」
そんなわたしたちを見て、子供たちが忍び笑いを漏らしている。そして、
「「母様と父様は仲が良いんですね!」」
と満面の破壊力がすごい笑みで言ってきた。その眩しさに、わたしと樹衣は思わず目を押さえた。どうなってるの、この子たちは。
「樹衣。これ以上この子たちに目をやられないうちに父様の部屋へ!」
「ああ。これはかなり眩しいな」
わたしたちはようやく父様の部屋へ歩き出した。
○○○
「良いだろう。楽団から腕の良い芸人が抜けるのは悲しいが、娘と孫の幸せを願うのであれば、そこの樹衣殿に娘と孫たちを託そう」
父様の部屋で、わたしたちは安堵した。父様は穏やかな目でわたしと子供たちを見つめる。
「ありがとうございます、父様」
わたしが頭を下げながらお礼を言うと、子供たちも真似して頭を下げる。
「「ありがとうございます、お祖父様」」
「良いんだ。娘と孫の幸せに貢献するのは当たり前のことだ。樹衣殿、三人を宜しく頼んだよ」
どこか食えない雰囲気を纏った父様に、樹衣は真面目な顔で頷いた。
「はい。妻と子供たちのため、力を尽くします」
樹衣の言葉に、わたしは「ん?」と首を捻った。さっきも思ったけど、まだ戸籍を入れていないのに色々な人にわたしが妻だと言い降らしているような……。もしかして、わたしが自分の妻だから手を出すなと周囲を牽制している!?まだ皇帝に何の許可もいただいていないのですが!?わたしは頭が痛くなってきてこめかみの辺りを揉む。そんなわたしを、樹衣が心配そうに覗き込んできた。
「どうした、美美?頭でも痛いのか?」
「はい。衝撃の事実に気付いてしまったもので」
わたしが溜め息を吐き出すと、樹衣は本当に不思議そうな顔をする。
「衝撃の事実?今何かに気付く要素なんてあったか?」
本当に分かっていないのか。先が思いやられて、わたしは二度目の溜め息をついた。




