引退
ある日、宿の大広間で楽団の団員だけで宴を行っている時、突然壇上に鞠藍さんと兄様、父様が上がった。久し振りに飲めるだけ酒を飲みながら李里と話していたわたしはそちらに顔を向ける。全員の視線が自分に集まったのを確認してから、鞠藍さんは話し出した。
「この度、私は団長を引退し、普通の芸人として安琴と家庭を築こうと思います」
その言葉に、大広間中の人間がざわめいた。
「ねえ、李里。団長って、今何歳だっけ?」
「今二十九歳じゃない?でもあの二人が結婚するってことは、団長は菁凜の義理のお姉さん」
二十九歳か。大人の恋って感じ。兄様はわたしより六歳年上の二十八歳だから、一つ違いか。李里は長い栗色の髪を指に絡ませながら頬杖をついた。
「良いなあ。私も結婚して子供欲しいよ~」
「李里はまだ二十三なんだから、焦らなくても良いんじゃない?」
わたしたちがそんな会話を交わしていると、鞠藍さんが父様の方を向いた。
「晶副団長。あなたを鈴楽団の団長に任命します。自分に最もよく仕えてくれる有能な副団長を選んでくださいね」
そっか。父様が団長になるんだ。副団長は誰になるんだろう。でも父様はもう六十だから、すぐに次の副団長が団長になりそう。
「鞠藍元団長、この晶、楽団の更なる繁栄に努めて参ります。副団長には我が娘、菁凜を任命する」
父様がそう言った瞬間、大広間中の視線がわたしに集まった。えっ?わたしが副団長?
「お言葉ですが父ーー団長。わたしにはまだ手のかかる子供が二人もいます。これではとても副団長を務めることはできないかと。このような申し出はまたの機会に」
危ない。父様と呼ぶところだった。わたしは父様の顔を伺う。機嫌を損ねていないだろうか。いくらわたしのことを実の娘のように可愛がってくれているとはいえ、こんなことを言ったら怒るかもしれない。
「まさか娘に断られるとはな。確かに、菁凜の言ったことは正しい。いやあ、参ったよ」
父様は朗らかに笑いながらそう言った。結局、誰が副団長になるんだろう。
「では、李里を副団長に任命する」
李里だったら副団長の仕事もしっかりこなせそう。わたしがそう思って李里の方を見ると、李里が丁度口を開いた。
「二回も連続で断るのは少しいけないと思いますが、私は恋に励みたいんです。副団長になったら結婚する可能性が低くなります。なので、また別の機会に」
李里にも断られたら、父様はどうするんだろう。家庭を持つと言った養子の兄様は任命できない。だったら、考えられるのはあと一人しかいない。
「これは参った。だが、こうなるのが一番良かったかもしれない。徠懼を副団長に任命する」
その言葉を聞いた徠懼が隣にいた菁明に視線を送る。今以上に忙しくなり、黎蘿の世話を菁明一人でしなくてはいけなくなり、菁明に負担がかかるのを心配しているのだろう。そんな徠懼に平気と言うように菁明は頷いた。頷き返した徠懼は席から立つ。
「その役目、慎んでお受けします」
大広間から歓声が上がった。礼儀正しく、要領も良い徠懼が副団長になったのを喜ぶ声だ。わたしは父様の元へと歩いていく。
「父様、良い人間を副団長に選びましたね」
わたしが声をかけると、父様は茶目っ気たっぷりに言った。
「菁凜よりも徠懼の方が適任だと思い始めたよ」
そんな風に言っても嫌味に聞こえないのは父様の人柄だろう。わたしはそう考えながら微笑んだ。




