復帰
樹衣さまへの手紙を出してから二年後。子供たちを人に預けることができるようになった頃、わたしは楽団の仕事に復帰した。子供たちは菁明に預けて、舞台に立ったり宴で客と碁をして資金を稼いだりしている。今日もわたしは客の碁の相手をしていた。その試合が終わると、相手の男が声をかけてくる。
「なあ、俺の寝台に来ないか?」
寝台に来ないか。閨を共にしよう、という意味だ。生憎わたしは樹衣さま以外と閨を過ごすつもりはないので、断ろう。
「申し訳ございません。わたしは娼婦ではなく、遊び女なのですわ」
わたしが艶やかに微笑みながらそう言うと、男は不満そうな顔をした。
「そうか。だったらもう二度とこの楽団に出資しないことにしよう」
男がそう言って去っていくと、わたしはホッと息をもらした。それを見た李里がふふっと笑う。
「菁凜は若くて綺麗だから、誰も子供がいるとは思わないでしょうね」
わたしはもう十九歳だ。世間から見たら十分子供がいてもおかしくない歳だと思うんだけど。わたしが不思議そうな顔をしていると、李里は呆れたような顔になった。
「あなたは清楚なのよ、閨の経験もないように見えるくらい」
「清楚って団長に言う言葉じゃないの?」
鞠藍さんは穏やかな雰囲気で、この人のために清楚って言葉があるんだな、と思うくらい。というか、何で鞠藍さんはまだ独身なんだろう。本人の気持ちが大事だけど。
「確かにそうね。団長は本当に清いから。でも菁凜も清楚って部類に入ると思うわ」
わたしたちがそうやって駄弁っていると、慌てた様子の菁明がこちらに来た。
「お姉様、樹徒が大変です!高熱が出て苦しそうなんです。お姉様のことを呼んでます」
「分かったわ。すぐ行く。ここでわたしの代わりにお客の碁の相手をしていて」
わたしはそう言い残すと、宿の子供たちがいる部屋へ向かった。樹徒にはきっとしっかり者の鈴桜が付いてくれているだろう。
「樹徒、大丈夫?」
部屋に着いたわたしはぐったりしている樹徒の額に手を当てる。熱い。大葉さんの所に行って薬をもらわないと。
「大葉さんの所に行ってくるわね」
わたしはそっと言い、急いで大葉さんの部屋に向かった。
「大葉さん。熱冷ましと風邪薬が欲しいんです」
扉を開けた勢いでわたしがそう言うと、大葉さんは驚いた顔でこちらに来た。
「どうしたの?樹徒か鈴桜が風をひいたの?」
「はい。樹徒に熱があって、かなりの温度なんです」
わたしが一息に説明すると、頷いた大葉さんは薬包を二つと布で包まれた氷の塊を渡してくれた。
「これが熱冷ましと風邪薬。これが額を冷やす氷。使い方は分かるわね?」
「はい!ありがとうございます」
わたしはそう言ってもう一度子供たちの部屋に向かった。部屋に入ると樹徒は鈴桜の膝に頭を預けて苦しそうに寝ていた。申し訳ないと思いつつも樹徒を起こそうと体を揺さぶると、樹徒は薄く目を開けた。本当にあの人そっくり。わたしは樹衣さまを懐かしく思いながら樹徒を抱き起こす。
「お薬をもらってきたの。飲みましょう」
わたしがそう声をかけて果実水を持たせて口に薬を流し込むと、樹徒は果実水で飲み込んだ。もう一つの薬も飲むと、樹徒は寝てしまった。わたしはその額にそっと氷の塊を置く。しばらく樹徒を見守っていると、鈴桜が控え目に声をかけてきた。
「母様、わたしね、叔母さまに樹徒を守っていてって言われて、ずっと守ってたの。偉い?」
上目遣いでこちらを見てくる鈴桜を、わたしは抱き締めた。
「偉いわ。鈴桜はしっかり者で便りになるわね」
「本当?やった!」
素直に喜ぶ鈴桜の青緑色の髪を撫でながら、やはり子育ては一筋縄ではいかないと、ため息をついた。




