ストルーエンセの改革の始まり 1771年春 傷害事件
自分の代わりにストルーエンセと関係をもった侍女マチルダが妊娠した。
王妃は彼女を守るために密かに田舎に匿う。
そして自分はサンジェルマン伯爵と商人ラファイエルの協力を得て、自分が妊娠したと公表する。
夜の相手から開放された王妃はまたも催眠術薬を使ってキュー夫人として久しぶりの商会を訪ねる。
「キャロン様!!」
「キャ〜!オーナー!!」
「お久しぶりですオーナー!!」
「オーナー!!」
私は戻って来たこのキュー商会に。
さざなみの様に聞こえてくる皆の私を呼ぶ声が胸を弾ませる。
まるで初めて入店したあの日の様にキョロキョロと見渡してみる。
店内は以前と同じで、手入れのいきとどいた清潔感溢れ人々があちらこちら商品を手に取って吟味している。
その傍には嬉しそうに太陽の笑顔を見せる従業員がいる。
なんて素敵な店。
私の宝物。
ようやく帰ってこれた。
マチルダがストルーエンセの子を身ごもった事で私は今妊娠中という想定なの。
そうその子は王の子として誕生する。
それが一番いい選択だと決めたの。
宮廷の侍女しかも私の専属、異国のイギリスから来た貴族としても身分の低いマチルダがこの腐った宮廷で餌食になるのは目に見えていた。
自分達は不道徳な行いをしているくせに変な所で保守的。
独身の女性が妊娠するなんてはしたないと言うの。
信じられないわ。
だから彼女を静養という名目でお腹が目立ち始めた頃に田舎に匿っている。
今は静かにその時を待っているだろう。
私が懐妊した事になっているから、ストレートエンセとも暫く関係しなくていい。
体調が思わしくないと寝室で休むといえばある程度の自由がきくのよ。
ようやく手に入れた自由をうまく使わなくてはいけない。
ようやく今日久しぶりにキュー商会へ帰ってこれた。
普段はお腹の周りにゴムを巻いて膨らませている。
今日はその必要はないから変身用の香水だけでキャロン・キューの登場ヨ。
「みなさんお久しぶりです。
なんとか出産を終えて戻りました。
暫くは仕事と子育てでみなさんの助けが必要です。
宜しくお願いね」
「勿論です。
オーナーご出産おめでとうございます!
双子の御子様ですってね。
アルベール様から聞きました」
「ええ…。
アルベールを助けてくれてありがとう。
今あの子は実家の管理で故郷に帰っていますの。
ご挨拶も出来ずにと謝っていました。
また舞い戻ってきますので宜しくお願いしますね」
と口ではいいながら内心は罪悪感でいっぱいなの。
だって私だもの……。
「はい!!」
「はぁ〜い!」
「オーナー。
キャロン様御帰還とご出産おめでとうございます。
これからもどうぞ宜しくお願いします」
「支配人!
ええ宜しくね。
それより首都は大変な騒ぎね。
何だか活気づいているし。
行き交う人が高揚しているように感じるわ。
サロンでも御婦人方の噂話で大賑わいでしたわ」
「はい。
ストレートエンセ請願審議官長殿の采配で改革が大きく動き、ブルジョア階級の方や新興貴族の方々が彼を支持していらっしゃいます。
皆様高揚されていろいろと意欲的に活動されていっらっしゃいます。
サロンドゥキューもアルベール様が新設された講義や我がキュー商会の商品も相変わらずの勢いで繁盛しております」
「あぁ~~。
確か賄賂買収の禁止、高位貴族の関係者の公職就任禁止、貴族特権の廃止と矢継ぎ早に改革していらっしゃるようね。
軋轢が生まれない事を願うわ」
ふっと苦笑いを止める事が出来なかった。
私的には得体のしれない男にしかみえない。
理想と現実は違うもの。
彼もそのうちに壁にぶつかるでしょうね。
巻き込み事故には注意しないと……。
「上得意先の顧客様達は皆さん絶賛されていらっしゃいます。
私共のお客様は新興貴族の方かブルジョワ階級の方々です。
古い貴族や旧商人達の傍若無人の商売にうんざりされているからでしょう。
私共には又とない機会。
益々忙しくなるでしょう」
「新しい時代に相応しいといった感じね」
適当に答えた言葉を聞き逃さなかった人がいた。
「キャロン様。
あまりストルーエンセ殿に好印象ではないご様子ですね」
「ラファイエル殿!」
「お久しぶりでございます。
ご出産おめでとうございます」
太陽の光のような笑顔のラファイエルになんだかホッとして気分が軽くなる。
出会ってそんなに経たないのに彼に対してはなんとも表現しようのない不思議な感覚が自分の中にある。
「本当にお久しぶりですわ。
お元気でしたかしら?」
「はい」
「久しぶりの再会です。
もしよろしければ私が卸しているティーサロンで新作の紅茶を試飲して欲しいのですが。
宜しいでしょうか?
ラ・ヴェールというティーサロンです」
「まぁ〜。
今話題のティーサロンですわね。
人気がありなかなか入れないと聞いています是非いただきたい。
楽しみですわ」
「ではお手を」
彼は手慣れた様子で右腕を軽く腰に当てた。
私は自然に腕を彼にかけ腕を組んだ。
何気なさに不思議と品を感じる。
不思議ね。
ゆっくりと店を出て、ラファイエルが乗車してきた2頭立の馬車に乗り込んだ。
御者の手綱が撓る。
馬の背を叩く音が風を起こし場所は石畳を歩み始めた。
「お元気でいらっしゃいましたか陛下?
皆さんキャロン様がいらっしゃらない分アルベール様を支えないとと。
とても働いでおいででした。
私にも喉から手が出たいほどの人材に恵まれ。
陛下の人望でいらっしゃいますね」
「そんな!
そんな事はありません。
私の様な………」
「王妃陛下はとても思慮深い方ですね。
とても魅力的で大変お美しい方です」
「そんな!!
私を持ち上げてよい事などありません!
少なくとも私は自分をわかっています」
「陛下はミューズのようです。
まさに啓蒙主義のミューズ。
私も心からそう思っています」
「皆様。
酔っていらっしゃるだけですわ。
新時代到来といって。
そんなに簡単に価値観は変わりませんわ」
「えっ?
陛下もそうお思いでいらっしゃいますか?」
「ええ……。
ストレートエンセ殿の改革は早急すぎて遅かれ早かれ大きな軋轢が起こるでしょう。
デンマーク中を揺るがすような」
「私もそう思います。
私は本当に心配です………」
「ラファイエル殿。
私は不思議です。
外国人でこの国に貿易との関りがあるとはいえどうしてそんなに……」
「それ………」
ラファイエルがそう言いかけた時に馬の鳴き声が聞こえたかと思ったら馬車はその歩みを止めた。
「さあ………参りましょう。
この後二人きり以外の時にキャロン様として接する不敬をお許しくださいませ」
ラファイエルの顔はやや影を浴びていたものの微笑を湛えながら降り手を差し出してくれた。
私は頭を少し下げて許可をする。
彼のその手が私に触れて、2人はゆっくりラ・ミューズのサロンの前に降り立ち中へと入っていった。
久しぶりに会ったラファイエルに王妃は戸惑う。知らない所で自分が王宮を逃げたがっていると知られたからだ。
ラファイエルは王妃に何を伝えたいのか?
本当に味方になってくれるのか?




