#32〔暗黙都市〕
「うーーむ」
突然の提案にかなり困惑しているようだ。大きな鋏を口の辺りに当てている。
「王たる私が誰かに跪くことはありえない。——しかし、仲間という認識で良いのであればそれは悪くない提案なのかもしれん」
なるほど。王の誇りというやつか。俺にはないものだ。
「もちろんだ。もとより従属を要求するつもりはない。が、亜空間に入ることは出来なくなるぞ?」
「あくうかん?」
「あー、なんというか、眷属をそこに入れることができるんだ。意識はあるけど時間が止まっているから腹なんかが減ることもないというわけさ」
「うむ。それは確かに魅力的だが、やはり跪くことはできん」
「そうか。ならいいんだ」
「んじゃ、これからよろしく頼む」
「おう!」
そう言って俺達はその脚と鋏を合わせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ、本当にこんなところに都市なんかあるのか?」
相変わらず南下を続ける俺たちだが、都市があったようにはとても思えないような鬱蒼とした森に徐々に変わっていっている。
「見ろ」
ドゴゴルが指を指す。
その方向を見ると、森が開けており、その先に壁が見える。ローマのコロッセオを思わせるような崩れかかった壁は黄金に輝いている。久々に見た空は暗雲が立ち込め、どこか不穏な雰囲気を漂わせる。先の木漏れ日さえ差し込まんとしていた面影はもはやない。
なるほど。暗黙都市か。
正に言葉の通りである。ゴクリと唾を飲み、取り敢えず門と思われる方に向かう。
大きな門の前に立つ。壁が錆びていないのは単に金以上の金属が使われているからだろう。
強固過ぎるようにも思える壁をどのように破ったのか。またスタンピードとは通常門を破られて侵入されるのではないだろうか。疑問はあげれば尽きないが、今はとにかく門を潜りたい。
「これが暗黙都市…」
ドゴゴルが言う。
というか……
「お前来たことないのに案内したのか!?」
「当たり前だろう。こんな危険なところに来る奴はそういないぞ。お袋からよく聞かされたもんだ」
「そういえば…お袋さんはどうされているんだ?」
地雷である可能性もあるが、長い付き合いになるだろう。互いのことはなるべく知っておいた方が良い。
「ん?お袋は7、8年ぐらい前に苔病でコロッと逝きやがったんだってよ」
強がっている訳でも、無理をしている訳でもないように思える声色でドゴゴルが告げた。それよりもなんだか聞いたことがない単語があった気がする。
「苔病ってなんだ?」
「俺たち石巨人族は身体が弱くなったり石としての質が落ちると身体に凹凸ができるんだ。そこに湿気なんかが溜まると苔が出来やすくなる。んでその苔に含まれる胞子なんかで死んじまうのさ。致死率はほぼ100%だな。俺も死ぬときはこの病気かもな」
ガッハッハ
とドゴゴルは陽気に笑って見せた。
「そりゃあ大変だなぁ」
言葉を選んでいた俺より先に発言したのはリール。
「ほんとに大変さ。——んなことよりさっさと中に入るぞ。無駄話しすぎたな」
あぁ、都市のことなんてすっかり忘れて——ないよ!?危ない危ない。忘れていることにされるところだった。一刻として忘れたことはないのだ。
「おっ、りゃっ!」
ドゴゴルが規格外の筋力で独特の声を上げながら門を押す。
すると意外にもスムーズに門は開いていく。ギシギシときしむ様子はない。
そして——門は開かれる。
門の先——都市で最初に見たのは骨だ。これは確実に骸骨だろう。刺突攻撃に対する完全耐性を有し、反面打撃攻撃に対して高い脆弱性のあるモンスター。不死者の代名詞だ。
粗末ながらも鉄でできているであろう剣を手にしているがそこに知性も理性も感じられない。
亜空間から眷属を呼び出す。出てきたのはイチーザ、そしてグラムだ。白金で出来た短剣を持つイチーザとグレイとの戦いで手に入れた大剣カゲを持つグラム。単純な戦闘能力ならば俺をも凌駕するかもしれない。
グラムの持つ大剣はこの都市の雰囲気を保護色としたかのようだ。グラムとも非常に良く似合っている。もとより後悔などするつもりはないが、グラムにあげて良かったと思わせてくれた。
「さあ。暗黙都市での初戦闘といこうじゃないか!」
少し大きな声で言うと視線の端でイチーザとグラムが一瞬光に包まれたのを捉える。意識はしていなかったが、どうやら叱咤激励が発動したようだ。
そして骸骨も俺たちを視線の先に捉えた。




