<幕間>インド式計算法 (リンダ・マグヌスの思い出)
とうちゃんを助けなけきゃ…
わたしは、暗闇のなかで、泣きそうになりながら、斧をにぎりしめ、気配をうかがっていました。
こんなことになってしまったのは、ぜんぶ、わたしのせいなのです。
わたしが、あんなことをとうちゃんにいったばかりに…。
わたしは、リンダ・マグヌス。獣人のこどもです。
わたしが、とうちゃん、かあちゃんと住む長屋は、王都のはしっこにあります。
このあたりに住んでいる人は、お金のない人が多いです。でも、みんな仲がいいです。
わたしの家も、お金はぜんぜんありません。
わたしのとうちゃんは、けんせつの仕事をしています。
カントクの指示のとおりに、重いレンガをつみあげたり、みぞを掘ったり、そういう仕事です。力仕事で、たいへんですが、わたしたち獣人族は、ヒト族より体力があり、その上、夜目も利くのでちょうほうされ、けんせつ現場ではたらく、獣人族は多いです。
夜おそくまでがんばって働いていて、帰りはいつも夜中です。
「お前が、いい教育をうけるためには、お金をかせがないとな」
とうちゃんは、いつも、そう言っています。
「リンダ、お前は、頭がいいから、それを生かすんだ」
わたしは、自分ではあまり、そんなふうにはおもわないけど。
でも、ひょっとしたら、計算のさいのうはあるかも。
前に、近所のおばさんが、掛け算のしかたを教えてくれて。
「どんな大きな数でも、こうやって、筆算というものをすれば、答えが出るんだよ」
それが面白かったので、じぶんでもいろいろやってみたのです。
それで、いろんな数で、計算をしているうちに、
「あれ? こうやったら、もっとかんたんじゃん」
というやりかたを見つけちゃったんです。
それを使うと、おばさんが教えてくれたやり方より、もっともっと速く計算できて、答えもまちがえません。
「わたし、なんか、大発見しちゃったかも?」
そうやって、数をあやつることが、面白くて、どれだけやっていてもあきません。
家の前の、地面に、ぼうきれで線をひいて、いろんな数字をかけたり、わったりして、工夫をかさねていたんです。
「ほう!」
数字を書いているわたしの上から、そんな声がしました。
見上げると、一人のお兄さんと、二人のお姉さんが、わたしのことをみていました。
お兄さんと、一人のお姉さんは、ヒト族でしたが、もう一人のお姉さんはわたしと同じ獣人族でした。
どこか遠くからきた人みたいでした。お兄さんは、なんだかよくわからない、いい匂いがしました。
「すごいな、君はそんな小さいのに、いんどしきけいさんほうを使っている」
お兄さんが、わたしの書いた数字をみて、おどろいたようにいいました。
なんのことか、わかりません。
「ねえ、君、その計算のしかた、どこでならったの? この世界にはないはずなんだけど…」
わたしが、じぶんで見つけた、というと、お兄さんはもっとびっくりして
「これは、たいへんなことだ。君には、すごい才能があるよ」
そういうんです。
えへん。
わたしも、すこし、じまんです。
「いんどしきけいさんほうってなんなの?」
と、獣人のお姉さんが、お兄さんにききました。
「数を掛けたり、割ったりする、たいへんすぐれたやりかたなんだ。そうか、この子、自力で発見しちゃったのかあ…」
「へえー、すごいね」
と、獣人のお姉さんがいったけど、あれはたぶん、よくわかってないと思います。
お兄さんは、しゃがんで、わたしの目をみると
「いいかい、君には、大きな数をあやつる、すごい才能がある。ぜったい、その才能を生かすんだ。どんなことがあっても、やめちゃだめだよ」
そういって、去っていったんです。
なんか、少しうれしかった。
でも、その、わたしの才能ってやつが原因で、たいへんなことになってしまいました。
さいしょのきっかけは、とうちゃんが、仕事のお給料をもらってきて、今月は何日働いたから、これだけになったぞ、ってうれしそうに言うから、つい計算しちゃったんです。
「とうちゃん、とうちゃんのお仕事って、一日働くといくらもらえるんだっけ」
それで、計算をしてみると、なんだか、答えがあわないんです。
計算まちがえちゃったのかなあ、そう思って、また計算したけど、なんどやっても合わなくて、本当の答えは、もっと多いはずなんです。
「とうちゃん…」
わたしは、思い切ってとうちゃんに言ったんです。
「なんか、計算がおかしい…」
「なに? そんなばかな話があるか、お前のまちがいじゃないのか?」
「なんどやっても、同じになるの。ほんとは、これだけにならないといけないの」
とうちゃんは、しばらく考えていましたが、
「ちょっとまってろ」
そういって、出かけていきました。
しばらくして、仲間のひとたちを連れてきて、わたしにいいました。
「おい、今から、いう数字を計算してみてくれ」
わたしは、つぎつぎに言われる数字を、どんどん計算しました。
わたしの出した答えをきいて、はじめはみんな、うたがっている様子でしたが、くりかえすうちに、だんだんみんなの表情がきびしくなっていったんです。
「なんてことだ…」
「この子の計算が正しければ、おれたちの給料は、ぴんはねされているってことになる」
「カントクのしわざだな」
「これは、どうにかしないといけないぞ」
とうちゃんが、わたしに言いました。
「お前、ここに、今の計算を書いてくれ」
わたしは、いわれるままに、計算結果を書きしるしましたが、なんだかとても悪いことが起こりそうで、不安でたまらなくなりました。
しばらくあとになって、とうちゃんが、こんどは、わたしのしらない、身なりの良い人をつれてきました。
その人は、大事にもっていたカバンから、数字がたくさん書いてある羊皮紙をだして、この数字と、この数字を、こんなふうに計算して、といいました。かなりふくざつな計算ですが、わたしは得意です。
なんの数字なのかはよくわからなかったけど、その人の言うとおりに計算しました。
「むむっ、こんなことが…」
その人は、わたしに、もう一度最初から計算するように言いました。答えは同じでした。
数字をながめているうちに、ぱっと気がついてしまったので、
「ここと、ここの数字もおかしいです。ほんとはもっと少ないと思います」
と教えてあげました。
「なにっ、そこもか…これは、たいへんなことだぞ」
その人は厳しい顔をしてつぶやき、それからわたしににっこりして、
「ありがとう、君のおかげで、証拠をつかんだよ。君は、すごいな」
そう言ってほめてくれました。
わたしはうれしかったけど、なにか悪い予感はあったのです。
とうちゃんが、目を輝かせて帰ってきました。
「やったぞ!」
この前やってきた知らない人は、かんさつかんという名前のお役人で、その人が、王都のけんせつ工事にかんけいする、大きな不正をあばいたのだそうです。そのつながりで、とうちゃんたち、下働きの人の給料が、ごまかされていたことも明らかになり、かんけいしゃには厳しい裁きがくだりそうだ、とのことでした。
「お前のおかげだ」
父ちゃんはうれしそうです。
でも、わたしは、何となく、これですまないような気がして。
そして、やっぱり、悪い予感はあたってしまいました。
「たいへんだ、みんながさらわれた!」
長屋は大騒ぎになりました。
今回の不正には、王都にはびこる大きな犯罪組織がかかわっていたらしく、きびしくとりしまられたその組織が、報復に出たらしいのです。
武装した集団が、仕事を終えて帰宅途中のとうちゃんたちをおそい、連れ去ったというのです。
もくげきしゃによると、
「ひどいもんだ、おおぜいの獣人が、とつぜん大きな網をかぶせられ、ていこうできないまま、その上から殴られて、たいきしていた幌馬車に乗せられて、どこかに連れて行かれた!」
おそらく、このまま、犯罪組織はよその国に逃亡、そこでとうちゃんたちを奴隷として売るつもりなのです。
みんな、わたしのせいです。
とうちゃんを、助けなきゃ。
「あっ、リンダ、どこいくの!」
わたしは、とうちゃんの斧を手に、かけだしました。
とうちゃんを助けに行くんだ!
王都の城壁をでて、そとを走りました。
でも、もちろん、あてがあるわけもなく、すぐに、わたしは疲れてしまい、ふらふらと、あるきまわるだけになってしまって…。
とうちゃん、ごめん。
その場に、すわりこみそうになったそのとき、
「あっ、とうちゃんのにおいだ!」
わたしの、するどい獣人の鼻が、とうちゃんのにおいをかぎあてたのです。
「こっちだ!」
わたしは、においをたどりながら、森の中に分け入っていきました。
そして、とうとう、みつけました。
森の奥に、犯罪組織の馬車がとまって、武器を持った悪者たちがおおぜいいました。
その悪者たちにかこまれて、男女の獣人が、鎖でしばられていました。
よくみると、獣人だけじゃなくて、ヒト族もいました。
「なんでおれたちが?」
「さっぱり、わけがわかんないよ…」
「放してくれよ! 俺ら、かんけいないだろ」
とヒト族の人たちは言っています。
「ダメだ。こうなったのは、運が悪いとあきらめろ。その魔法使いの女は、高く売れそうだな」
「ひぃいいい」
なんか、まきぞえになったようです。
(あっ、とうちゃん!)
とうちゃんをみつけました。
とうちゃんの顔にはあざができて、ひどく腫れていて、悪者に殴られたようです。
(くそーっ、とうちゃん、今、助けるよ)
思わず、斧をかまえて、駆けだそうとすると、そのわたしのからだは、後ろから、だきとめられました。
(捕まった?!)
あわてて、ふりはらおうとすると
「しっ、静かにして。みつかっちゃうよ」
やさしく声がかけられて、そして、あの不思議な匂いがして、ふりかえると
「あっ、お兄さんたち」
そう、わたしに以前、声をかけてくれた、あの人たちだったんです。
「ねえ、あんた」
と、獣人のお姉さんが、
「きもちはわかるけどさあ、やみくもに突進してもだめ。あたまをつかわなきゃ」
と言いました。
「ジーナ、あんたがそれをいいますか?」
と、もう一人のお姉さん。
「がんばったね、もうだいじょうぶだから。ぼくらがおとうさんをたすけるよ」
と、お兄さん。
その声が、やさしくて、あたたかくて、わたしは膝から力が抜けるのを感じたんです。
「それにしても、なんで、あの連中、こんなところで、いっしょにつかまってるのよ」
「つくづく、へんな運をもってるねえ」
ヒト族の人たちのことらしいです。
「では、かたづけてしまうか」
とお兄さんが言い
「イリニスティス、いくよ!/おう!」
獣人のお姉さんの目が金色に光り、
「神々の怒りよ天降り来たれ、地獄の雷撃!」
お姉さんが魔法を詠唱し、
バリッ!
おとうちゃんたちをしばっていた金属の鎖が、ぜんぶ、いっしゅんにしてくだけちり、
バリバリバリバリ!
紫色の雷が、悪者たちを直撃し、
「てやぁあああああ!」
獣人のお姉さんの刀が、武器をもった悪者をなぎたおし、
あっという間に、悪い人たちはぜんめつしたんです。
「ひぃぃ、助かったあ」
と、ヒト族の人が声をあげました。
「あんたらさあ、なんで、いつもいつも、そうなのよ」
「そんなこと言われても、わからないよ。歩いてたら、いつのまにかこうなっちゃってたんだから」
どうも、お兄さんたちと、このヒト族の人たちは知り合いみたいでした。
あとできいたら、お兄さんたちは、そもそも、このヒト族の人たちを探していたらしいです。
みんなぶじに助かりました。
でも、わたしはしょぼんとしてしまいました。
わたしが、よけいなことをしたために、おとうちゃんたちをこんなことにまきこんでしまったんです。
あんな才能なんて、ないほうが、いいのかな…
そんなわたしを、じっとみていたお兄さんが、やさしく言いました。
「君のやったことは、なにもまちがってない。これから、君は、その才能をもっとのばして、そして、もっともっと、みんなの役に立てるんだよ」
獣人のお姉さんもいいました。
「そうよ。あんたは見所がある。くじけたらだめ。まあ、だけど、たんらくてきなのはダメだからね。ちゃんと、目標と作戦を立てて、長い目でがんばるの!」
「はいっ! お姉さん、あたしがんばる!」
「そうそう、その意気よ」
「だから、ジーナ、あんたがそれを言いますか。あんたもずいぶん、ごりっぱになったもんねえ」
「これが、わたしのふつうです!」
「へええ、それはたいしたもんだ」
わたしは、笑ってしまいました。
…というわけで、「歌う嵐の獣人女王」ジーナ様は、わたくしの、素晴らしい導きの師なんですよ。
(これは、王都ではじめて、獣人の女性で宰相となり、優れた頭脳と忍耐心で社会制度改革をつぎつぎに実現していった、リンダ・マグヌス宰相の、子どもの時の思い出)
いつも読んでくださってありがとうございます。
面白いぞ、続きを読みたいぞ、そう思われた方は、応援お願いします。
リンダ:というわけで、「歌う嵐の獣人女王」ジーナ様は、わたくしの導きの師なのです。
ライラ:あたしは、びっくりだよ…
ジーナ:これがふつうです




